『タプレンジャーvs.朝娘。−7』

誰もが予想していなかった朝娘。の大健闘により、遂に後がなくなったタプレンジャー。
その最後の一人、桜怜が頭に包帯を巻いたままリングに向かったが、リーダーであり、エースでもある早織の
壮絶な敗戦を目の当たりにした衝撃に、まだ気持ちの整理がついていなかった。
その様子を見て取った乃南が桜怜の肩を叩いた。
乃南の方は、逸早く我を取り戻していた様であった。
蒼褪めた顔で振り返る桜怜に、乃南が語り掛ける。
乃南「タプレンジャーは」
桜怜「エッ?」
何を言われたかピンときていない桜怜に、乃南が再度語り掛ける。
乃南「タプレンジャーは」
桜怜「…」
乃南「タプレンジャーは」
桜怜「逃げない…」
乃南「タプレンジャーは」
桜怜「諦めない」
乃南「タプレンジャーは」
桜怜「負けない!」
乃南「肉体こそ」
桜怜「真の凶器!」
乃南「OK!」
"パシーン!"
乃南に一発尻を叩かれてリングに上がった桜怜は、コーナーでそのキャッチフレーズを繰り返し呟き続けていた。
そうしている内に、桜怜の顔色に徐々に血の気が戻り、気持ちも目の前の試合に集中して来た。

一方のコーナーには乃南,綾乃を連破し、これが三試合目となるひとみが上がった。
前の試合後には疲労とダメージにより自力で立つ事も出来ぬほどの状態であったが、一試合の休憩中に治療から
戻って来た里沙や麻琴も含む他メンバーからの必死の介抱により、大分体力は復活しているかの様に見えた。
アイドルらしい笑顔で四方に手を振り、声援を煽るひとみには余裕が有るかの様に観客からは見えていた。
しかし、その余裕が本物で無い事はひとみ自身が一番分かっていた。

「第十三試合、原多 桜怜対芳澤 ひとみを行ないます。」
"カーン"
ひとみへの応援が圧倒的に多い大喚声の中、ゴングが鳴った。
リング中央で両者が組合うかと見えたが、ひとみはいきなり桜怜の右腕を取ると左腕で抱きかかえた。
そして、そのままSTYを仕掛けた。
「ダメー!オーレー!」
乃南の悲鳴が聞こえる中、この奇襲を腰を落として堪えようとする桜怜であるが、ひとみは強引に技を仕掛け、
不完全な形ながらも桜怜をマットに叩き付けた。
"バシーン!"
そのまま、フォールの態勢に入る。
「ワン、ツー、ス…」
スリー直前に肩を上げる桜怜にホッとする乃南と、悔しがる朝娘。側。
ひとみは立上がると桜怜にストンピングを連発し、一旦コーナーへ戻る。
そして、立上がろうとする桜怜に対し、助走を付けるとケンカキックを叩き込む。
"バシーン!"
"ドーン!"
再び仰向けにダウンした桜怜の両足を取ったひとみは、桜怜の身体を反転させると逆エビ固めで絞り上げる。
「オラー! ギブアップしろー!」
「ノー!ノー!」
叫ぶひとみと、それを堪えレフリーの問い掛けに首を横に振る桜怜。
ひとみは短時間での勝負を狙っていた。
あさ美が勝ち残ったとは言え、あの状態では次の試合はほぼ不可能である。
自分の残された僅かなスタミナを一気に集中させるしか、桜怜に、そしてタプレンジャーに勝てる手段は無いと
思っていた。
例え自分のスタミナが切れ両者KOとなっても、あさ美がともあれ勝ち残っている以上、自分達の勝利である。
自分の肉を切らせても、或いは骨を断たれても、桜怜の骨を絶つ覚悟であった。
「クソー!これでもかー!」
「ノー!ノー!」
必死にこらえる桜怜は、ひとみの絞り上げる力が徐々に弱っているのを感じていた。
"彼女も苦しいんだ。タプレンジャーは負けない!"
「ウワーーー!」
大声で気合いを入れた桜怜は、両腕を腕立て伏せの様に突っ張った。
その勢いでひとみが桜怜の背中から落ち、逆エビの態勢が崩れた。
フッと一安心した乃南が叫ぶ。
「オーレ、場外に逃げて!」
しかし、腰を痛めた桜怜は動く事が出来ない。
ゆっくり立上がったひとみは再び桜怜の背中に乗ると、キャメルクラッチの姿勢となった。
力を込めて桜怜の首を引張り上げ、再度ギブアップを迫るひとみ。
が、桜怜もその意思は示さない。
ひとみは麻琴と綾乃の試合を思い出し、右手を桜怜の首から外すとブタ鼻キャメルを狙い、桜怜の鼻に指を
入れようとした。
しかし、それが裏目に出た。
右手を外した所で桜怜が暴れた為、キャメルクラッチの姿勢自体が崩れてしまった。
「クソッ!」
再びキャメルを狙い桜怜の背中に乗ろうとしたひとみの顔面に衝撃が走った。
桜怜がその後頭部を後ろから迫るひとみの鼻先にぶつけたのであった。
ひとみがその一撃に怯んだスキに桜怜は態勢を立て直すと、ショートレンジのラリアットをひとみの首筋に
叩き込んだ。
"バシーン!"
この一撃で、ひとみがダウンした。
そのままフォールに入る桜怜。
「ワン、ツー」
これはカウントツーでひとみが撥ね退け、朝娘。側を安心させる。
自らも腰にダメージを受けた桜怜であったが、ひとみの疲労度からここが勝負所と見た。
ひとみのボディにストンピングを入れると、両足を取ると先程のお返しとばかりに逆エビを仕掛ける。
しかし、ここはひとみも反転させまいと必死にこらえる。
逆エビを諦めた桜怜はひとみの片足を踏み付けると、もう片足を持ち股裂きの態勢を取った。
腕に力を込めてひとみの両足を開いていく。
この意表を突いた攻撃に戸惑いを隠せないひとみ。
観客からはアイドルの大開脚に歓声が上がっていたが、両者ともそれを気にする余裕は無かった。
「オーレー!そのまま行っちまえ!」
タプレンジャー側で叫んだのは、治療から戻ったばかりの明日香であったが、自らの大声で興奮して気持ち悪く
なったのか、そのままうずくまってしまい、それを乃南が介抱する。
「何やってんのよ、ルイ! まだ、休んでなきゃいけないのに…」
対する朝娘。側からもひとみに対する声援が止まない。
「よっすぃ〜! 頑張ってー!」
半泣きになりながらも応援を続けるメンバー達に励まされる様にひとみは上半身を起こすと、桜怜の膝の裏側に
チョップを叩き込んだ。
「イテッ…」
この一撃で桜怜がダウンして技が崩れる。
桜怜,ひとみ共にダウンしたまま、直ぐには立上がることが出来ない。
先に立上がった桜怜がダウンしたままのひとみに近付き首筋に膝を落とそうとするが、ひとみが身体を反転させ
避けた為、マットに膝を自爆することとなった。
膝を押さえてうずくまる桜怜に対して、ひとみが膝を狙ってストンピングを打ち込む。
更にひとみはその足を取るとデスロックの態勢で締め上げる。
苦痛に頭を抱えた桜怜であったが、自由な足でひとみの胸元あたりを蹴り上げ、技を解こうとする。
しかしひとみも蹴られながらもその足を放さず、更に絞り上げる。
更にその態勢から足四の字固めに移行しようとするが、桜怜も必死に身体を反転させそれを防ぐ。
両者がそのままもつれ合う様に場外へ転落した。
"ドォーーン!"
「オーレー!」
「よっすぃー!」
両軍のセコンド達が自コーナーを離れ、タプレンジャーも朝娘。も入り乱れてダウンした二人を取り囲むと、
必死の声援を送る。
明日香の隣にはその明日香にKOされた絵里が並び、それぞれに声援を送っていた。
その声援に励まされる様に、二人がほぼ同時に起き上がるとリングに這いずり上がった。
しかし、共にリングに上がるだけで力を使い果たしたかのようであり、なかなか立上がる事が出来ない。
「ファイト!」
レフリーの非情な声に促され、上半身を起こす二人。
共にここが勝負所で有る事は分かっているが、身体が動かない。
膝立ち状態になったひとみが、同じ状態の桜怜の胸元にチョップを入れる。
"パシーン!"
しかし本来のパワーが無く、ダウンを奪う事は出来ない。
桜怜はひとみの首筋に手を掛けると、ヘッドバットを叩き込んだ。
"ゴツーン"
前の試合でも綾乃とのヘッドバット合戦をやっていたひとみが崩れ落ちたが、桜怜も額を押さえた。
この一撃で傷口がまた開いてしまった様で、包帯に赤い部分が広がる。
そのままフォールに入る桜怜。
「よっすぃー!」
メンバーの声援に助けられ、カウントツーで撥ね退けるひとみ。
桜怜は両手をひとみの首に回すと、そのまま体重を掛け締め付ける。
「レフリー!反則だ!」
この反則チョーク攻撃には、朝娘。からの指摘と観客からの大きなブーイングが起こる。
レフリーの反則カウントギリギリまで締め付けた桜怜は、咳込むひとみにヘッドシザースを仕掛ける。
その態勢で少しでも自分のスタミナを回復させようとしたが、ひとみも強引に首を抜くと桜怜の首に手を掛け
チョーク攻撃をお返しする。
この報復攻撃には観客からの歓声が上がる。
とは言え、反則に違いは無い。レフリーのカウントで手を離すひとみ。
咳込む桜怜の後方に回ったひとみはスリーパーを狙う。
桜怜もひとみのボディにエルボーを入れそれを振り解くと、振り向きざまに得意のラリアットをひとみの首筋へ
叩き込む。
技の勢いと言うより、バランスを崩して倒れたひとみに覆い被さる桜怜。
「ワン、ツー、ス…」
ここもスリー直前で肩を上げるひとみ。
桜怜はそのまま体重を掛け、しつこくフォールを狙う。
「ワン、ツー、」
"ゴツン"
「キャッ!」
偶然なのか、下で暴れたひとみの膝が桜怜の股間を直撃した。
桜怜が股間を押さえ苦しむ隙に、ひとみが下から抜け出した。
反則だ、とアピールする乃南と明日香であったが、レフリーは取り合わない。
座った状態で大きく深呼吸を数回したひとみが立ち上がった。
湧き上がる観客からの大きな喚声の中、うずくまったままの桜怜にゆっくりと近付いたひとみは桜怜の髪の毛を
持って立上がらせる。
そして、桜怜の右腕を抱え込むと十八番のSTYの態勢に入った。
右足を大きく振り上げ、大外刈りを狙う。
しかし、グッと腰を落として踏ん張った桜怜は倒れない。
尚も力を入れて桜怜を投げようとするひとみの身体のバランスが崩れた。
そこを逃がさず、桜怜が身体に力を込めると、逆にひとみが後方へ投げ飛ばされることとなった。
"バシーン!"
リングに叩きつけられるひとみ。
「よっすぃー!」
朝娘。達からの最大級の悲鳴が上がる。
リングに大の字となったひとみのボディに桜怜のヒップが落とされた。
「グエッ!」
桜怜がそのままフォールの態勢に入る。
「ワン、ツー、スリー!」

"カーン"
「只今の試合は、フォールで原多 桜怜選手が勝ちました。続いての選手、リングに上がって下さい。」

朝娘。達の悲鳴,泣き声と観客からの大喚声の中、ゴングが鳴った。
次々に飛び込む、両軍のセコンド達。
リング上で大の字となり、まさに精も魂も尽き果てた状態で失神したひとみは黒服に担架に乗せられ、大泣きの
麻琴や絵里に付き添われて、医務室へ去っていった。

勝者の桜怜も立つ事は出来ない。乃南と明日香に頭から水を掛けられ、かろうじて目を開いていた。
しかし、その目は力を失ってはいなかった。
「あと、一人… タプレンジャーは、負けない…」
その小さなつぶやきは、二人にはしっかりと聞こえていた。
桜怜の汗を拭き、身体をマッサージする乃南と明日香。

一方、試合相手となるべきあさ美はまだ医務室から戻ってきていなかった。
本部の黒服が裕子に確認に近付く。
前の試合後のあさ美の様子を思い出した裕子は負けを覚悟し、手にした白いタオルをリング内に投入しようとした。
その時、観客から大喚声が上がった。
花道にあさ美が現われたのであった。
圭織と梨華に両方から抱きかかえられてリングに近付くあさ美の右足には包帯が厚く巻かれており、その表情は
涙こそ止まっていたが、右足が地面に着く度に痛みに歪んでいた。
裕子「かおりん、こんこんの具合は?」
圭織「ダメ… 右足の甲を骨折してる。歩くのも無理なのに、試合なんて出来る筈が無い…」
梨華「このまま、医務室にずっといろって言ったんだけど、こんこんがどうしてもって言うから…」
裕子「… 分かったわ。みんな、良く頑張ってくれて有難う。」
タオルを再び投げ込もうとした裕子に、あさ美が声を掛けた。
あさ美「裕ちゃん、止めて。私、まだ闘える。だから、タオルだけは止めて。」
その声に手を止める裕子。
あさ美「裕ちゃん、お願い。闘わせて。朝娘。だって、逃げないの。朝娘。だって、諦めないの。朝娘。だって、
    負けないの。」
それまで黙っていた真里も裕子に声を掛けた。
真里「お願い、裕ちゃん。こんこんの言う通りにして…」
新リーダーの涙ながらの訴えに、裕子の心が揺れる。

そのやりとりをリング上から見ていた明日香は、あさ美に先日の自分を重ねていた。
綾のフォーク攻撃に血ダルマにされ、ドクターから止められても、リングに上がり闘おうとした自分の姿を。

そして、裕子も先日の早織と同じ決断をした。
裕子「よーし、こんこん、闘え。その代わり、絶対恥ずかしい試合はするな!」
あさ美「はいっ!」
両脇を抱えた圭織と梨華に助けられ、あさ美がリングインする。
それを見上げる朝娘。メンバー達は全員が涙を流していた。
傷付いたあさ美に総てを託す朝娘。達。
そして、これが実に5試合目となる桜怜に総てを託す、タプレンジャー。
あさ美を励まし、リングに送り込んだ裕子であったが、既に敗戦は覚悟していた。
骨折により立っているのも辛い足の状態では攻撃も難しいであろうし、その右足に僅かな攻撃でも受ければ
耐える事は不可能であろう。
いつでも投入出来るように、右手に白いタオルを握り締める裕子。

「第十四試合、原多 桜怜対紺埜 あさ美を行ないます。これが最終試合となる為、両者KO等の引分け裁定は
 有りません。」
"カーン"
あさ美へのコールが館内を覆い尽くす中、誰もが予想しなかったであろう二人の最終決戦のゴングが鳴った。
「キェーーーーー!」
これまでの試合同様空手流の発声で気合いを入れたあさ美は、自分の足だけで立上がると、右足を後ろに引いては
いたが、ゆっくりとリング中央へ進む。
「ウォーーーー!」
負けずに大声で気合いを入れた桜怜も立上がると、視線をあさ美に鋭く向けたままリング中央へ進む。
リング中央で交わる二人。
まず先手を取ったのは、あさ美であった。
両手からのパンチで桜怜の胸元からボディを狙う。
スピードも威力も前の試合とは比べるべくも無い弱いパンチであったが、あさ美の気迫に押されたか、或いは
疲れとダメージのせいか、桜怜は交すことが出来ず棒立ち状態でパンチを浴びる。
"ボスッ"
ボディへのパンチで桜怜がダウンした。
観客からは大喚声が起こる。
「オーレー!しっかりー!相手を良く見てー!」
リングを叩きながら、リング下から声援を送る乃南と明日香。
お腹を押さえながら、ゆっくりと立上がる桜怜。追討ちを掛けたいあさ美であったが、足が動かない。
「ウワーー!」
桜怜が大声を上げながら、ラリアットと言うより身体ごとあさ美にぶつかって行く。
ダウンしたあさ美に馬乗りになった桜怜はその顔面へパンチを狙うが、これはあさ美もしっかりとガードする。
逆に下から突き上げる様なあさ美の掌底が、桜怜のアゴにクリーンヒットした。
「グッ…」
この一撃で、桜怜の下から転がりながら逃げ出したあさ美は、ゆっくりと立上がる。
そこへ再び襲い掛かる桜怜だったが、今度は待っていたのはあさ美のカウンターパンチであった。
"ドスッ!"
再びボディに食い込むパンチに、お腹を押さえながらその場にダウンする桜怜。
しかしあさ美もまたその衝撃に足が耐え切れず、仰向けにダウンする。
「オーレー!落着いてー!相手は怪我人なんだから、大丈夫よー!」
必死に声援を送る二人であったが、桜怜の動きの鈍さに不安を隠し得なかった。
「こんこんー!」
一方の朝娘。からも、半泣きでの声がかかる。
"一発でも蹴れれば、きっと勝てるんだけど…"
先に立ち上がったあさ美は、痛めた右足での蹴りを考え始めていた。
"彼女の右足は攻められない、どうすればいいの…?"
少し遅れてお腹を押さえながら立上がった桜怜はまだ悩んでいた。
勝利に拘るなら、あさ美の右足を攻めれば簡単だが、そこまで非情に徹する事は出来ず、そしてあさ美の気迫に
押されてしまっていた。
「キェーーーーー!」
再び気合いを入れたあさ美はこれが最後の攻撃とばかりに、右足の痛みも物ともせずパンチを繰り出す。
何とかそれに合わせて攻撃したい桜怜であったが、ガードだけで精一杯であった。
それでも何とか前蹴りを繰り出し、あさ美のボディを狙う。
足が動かないあさ美はそれを手でさばくと、それにより桜怜のバランスが崩れた。
"ドォーン!"
ダウンした桜怜に対し、あさ美はフィストドロップを仕掛けた。
体重を掛けて、握り拳を桜怜のボディに突き刺す。
"ドスン!"
「グエッ!」
喉に胃液が逆流し、桜怜が激しく咳込む。
しかしこれもまたKOとまでは行かず、カウント内に立上がる桜怜。
"これでも、ダメ… やっぱり蹴らなきゃ無理なの?"
立上がりゆっくりと近付いてくる桜怜に戸惑いを隠しきれないあさ美であったが、再びパンチを繰り出す。
しかしこれは桜怜の意識をパンチに集中させる為のものであった。
あさ美のパンチにより桜怜のバランスが崩れてきた。
あさみが恐らく一発しか出せないであろうキックの態勢に入った。
その雰囲気に気付いた裕子が叫ぶ。
「ダメー! こんこん! 止めろー!」
しかし、その声と同時にあさ美の足が飛んだ。
桜怜の後頭部に右足の甲ではなく、すねのあたりでのキックが命中する。
"ガーン!"
「アーーーーーーー!」
"ドッスーン!"
桜怜がうつ伏せにダウンしたが、あさ美もまた早織を蹴った時と同様、右足を押さえダウンする。
いかに骨折した場所は外したとは言え、その衝撃は強烈であった。
『お願い、立たないで…』
激痛の中でひたすら祈るあさ美。
その思いはリング下の朝娘。達も同じであった。
「オーレー!立ってーーー!」
リングを叩き、桜怜に激を飛ばす乃南と明日香。
"タプレンジャーは諦めない…"
「セブン、エイト、ナイン…」
レフリーのカウントが進む中、朝娘達の祈りも空しく桜怜が立ち上がった。
あさ美の祈りを込めたキックではあったが、無意識の内に足をかばったキックではKOする事は無理であったのだ。
頭を振りながらもしっかりと目を見開いてゆっくりと近付いてくる桜怜に対して、足の痛みで動く事の出来ない
あさ美に、もはや成す術は無かった。
「ウワーーーー!」
大声を出しながらの桜怜のラリアットが、片ひざ立ちのあさ美にジャストミートした。
「ギャーーー!」
大きな悲鳴と共にあさ美が仰向けにダウンする。
そのまま、体重をかけてフォールを狙う桜怜。
「ワン、ツー、ス…」
あさ美はそれでも片方の肩を上げると、観客からは大きな喚声と「あさ美」コールが起きる。
その中、桜怜はあさ美の後ろに回り込むとスリーパーの態勢に入った。
桜怜の太い腕と、背中に押しつけられる大きなバストに挟まれ、あさ美の意識が徐々に遠ざかる。
"カーン"
観客からの「あさ美」コールの中、突然ゴングが鳴らされた。
朝娘。側からタオルが投入されたのであった。
しかし、それを投げ込んだのは裕子では無かった。
試合を見ていられなくなった真里が、裕子からタオルを奪い取って投げ込んだのであった。

「只今の試合は、TKOで原多 桜怜選手が勝ちました。
 この結果、原多選手が勝ち残りましたので、タプレンジャーの勝利となります。」

観客からは「あさ美」コールに代わり喚声と拍手が起こる中、両軍がリング内へ雪崩れ込むが、黒服達はそれを制し
あさ美を担架に乗せて医務室へ運び込んだ。
一方の五試合闘い抜いた桜怜も、精魂尽き果てた様子でリングに大の字となっており、やはり担架に乗せられて
医務室へ運ばれていった。

右足の痛みに耐えて立派に闘ったあさ美、そしてその右足を攻める事無く、それでも勝利した桜怜。
その両者に観客から惜しみ無い拍手が送られる。

そしてその桜怜と入れ替わるように、綾乃と早織がおぼつかない足取りではあるが戻ってきた。
リング下で乃南,明日香と抱き合い勝利の喜びを噛締める4人に、裕子が語り掛けた。
「今日は完敗だわ。あなた方の試合を諦めない姿勢は、私達が忘れ掛けていた物を思い出させてくれた。
 朝娘。にも、あなた方を見習わせるわよ。今日は、本当に有難う。」
と、頭を下げようとするが、それに対して早織が
「仲澤さん、頭なんか下げないで下さい。勉強させて貰ったのは私達です。朝娘。がトップスターでい続けている
 理由が少し分かった気がします。今日は、本当に有難うございました。」
暫くの沈黙の後、再度早織が口を開いた。
「仲澤さん、お願いが有ります。私と試合して下さい。こんな素晴らしいグループのリーダーだった方と闘って
 みたいんです。そして、リーダーとは何かを学びたいんです。」
その突然の申し出に対して裕子は暫く考えた後、
「分かったわ。でも、どうせならこちらも五人揃えるわよ。あの子達のリベンジしなくちゃね。メンバーは安部,
 飯多,保多,後東に私。どう、それでいい?」
「有難うございます!」
それを聞いて頭を下げる早織、そして明日香,綾乃,乃南のタプレンジャー達。
裕子の隣に控える圭織,そして観客席にいた、なつみ,圭,真希の表情にも気合いが入る。

突然決定したビッグマッチに観客達からは大きな喚声が起き、リング関係者達も大入りが期待出来るマッチメークと
言う事で、顔をほころばせていた。

その中で、裕子の挙げたメンバーに入らなかった梨華が何とも複雑な表情を浮かべていた事に気付く者はいなかった。

−タプレンジャーvs. 朝娘。(完)−

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