『モニプロの逆襲−5』

「第九試合、原多 桜怜対石皮 梨華を行ないます。」
"カーン"
梨華に取っては、無情のゴングが鳴った。
黒服達によって、裕子は再びリング下へ引き摺り降ろされる。
「こんな試合止めろー! レフリー! 石皮を殺すつもりかー!」
裕子の叫びも、観客の「もう、止めろ!」と「もっと、やれ!」が相半ばする声に掻き消される。
その騒然とした雰囲気の中、意識の無い梨華にゆっくりと近付いた桜怜は、先程の乃南と同様梨華の身体を
持ち上げてコーナーまで運び、磔状態にするとその頬を軽く張った。
"パシン!"
しかし、梨華の意識は戻らない。
すると桜怜は片手で梨華の鼻を摘むと、もう片手で口も塞いだ。
「ウーーン…」
暫くして、息が出来ぬ苦しさに梨華の目が開いた。
そして、目の前にいる相手がまた代わっている事に気付いた。
それと同時に、タプレンジャーの狙いも直感した。
"この人達、全員で私を…"
梨華の意識が戻ったことを確認した桜怜は窒息責めを解くと、次の瞬間その首筋に水平チョップを叩き込む。
"ビッシーン!"
その威力に梨華の軽い身体が一瞬浮き上がる。
更に一発、今度はちょうどバストに炸裂した。
"バシーン!"
「イタッ…」
この一撃に、梨華の口から力無い悲鳴が上がる。
桜怜は数歩ステップバックすると、グッと態勢を低く落とした。
そして磔状態の梨華のボディにタックルを叩き込む。
"ドォーーーン!"
「グェッ…  ゴフッ…」
またも吐き気が込み上げるが、胃の中に何も残っていないのか、えずくだけの梨華。
桜怜は崩れ落ちそうな梨華の身体をもう一度磔状態にすると、再度ステップバックした。
スタン・ハンセンばりに右手を上げてアピールすると、走り込んで梨華の首筋にラリアットを叩き込む。
"バアーーン! ガツーン!"
首、そしてコーナーに叩き付けられた背中に強い衝撃を受けた梨華は、またまた意識が飛んでしまった。
レフリーが梨華の状態を確認しようとするが、桜怜はそれより早く梨華を捕え抱きかかえると、今度は梨華の
両足をロープに掛け、その身体を逆磔状態に吊り下げた。
そして、自らは反対コーナーまで移動しタックルの態勢を取ると、リングの対角線を走りフライング・タックルを
逆さ吊り状態の梨華のボディに叩き込んだ。
"ドスッ!"
「グッ… アッ…」
そのショックで梨華の足が外れ、逆さ吊り状態から解放された。
そして意識が戻った梨華であったが、口から血混じりの胃液とヨダレを流し、虚ろな目でリング上をお腹を
押さえたままうめくしかなかった。
"もう、許して… 誰か、助けて… お願い…"
裕子の登場も有って、一旦は気持ちを奮い立たせた梨華であったが、肉体的には勿論、精神的にも既に限界を
超えてしまっていた。
その梨華の身体が、桜怜によって引き摺り起こされた。
そして、桜怜は垂直落下式DDTの態勢に入る。
「止めろー!」
「梨華ちゃんが、死んじゃう!」
「チャーミーを助けてー!」
観客からも黒い声援は無くなりブーイングと怒号、そして哀願が渦巻く中、梨華の身体は脳天から真逆さまに
リングへ叩き付けられた。
"ドカーーン!"
リング上で今日何度目かも分からぬ失神状態で大の字となる梨華。
そして立上がった桜怜はその梨華に目線をやると、次の瞬間レフリーに襲いかかった。
レフリーはKOカウントもスタートさせず、大慌てで反則のゴングを要請する。
"カーン"
「只今の試合は、反則で石皮 梨華選手が勝ちました。続いての選手、リングに上がって下さい。」
今日三回目の同じコールであった。

一旦静まりかえった観客が再び激しいブーイングと怒号を浴びせる中、桜怜はリングを降り代わって真っ赤な
水着に身を包んだ早織が上がった。

「レフリー! もう無理だ! 試合をストップしろ! 本当に石皮を殺すつもりか!」
リングに上がった裕子は、失神したまま不規則な呼吸で全身を時折痙攣させる梨華の様子を見て、介抱する
ことも諦め、レフリーに訴える。
しかし、レフリーには試合中止の意思は無かった。
それに気付いた裕子は、今度はリングドクターに訴える。
「ドクター! 石皮の様子を見てくれ! ストップを掛けてくれー!」
しかし、ドクターにもその意思は無い様であった。
地下リングの厳しさを再認識させられた裕子は、梨華の身体をマッサージして蘇生させようとする。
そこへ近付く早織。
早織「オバさん、サッサと退きな!    レフリー、ゴングを。」
裕子「アンタ達、一体どういうつもりなの! 山元さん、あなた、私と闘いたいんでしょ。
   いいわよ、今から私と闘いましょう!」
早織「慌てなくても、試合は組まれてるからその時でいいわ。
   今日はこの子が挑戦してきたんだから、最後まで闘って貰うわよ!
   オバさん達も試合の時は、せいぜい覚悟して掛かってくることね。
   さあ、レフリー、ゴングを!」
その早織の語気に押される様に、レフリーがゴングを要請した。

「第十試合、山元 早織対石皮 梨華を行ないます。これが最終試合となる為、両者KO等の引分け裁定は
 有りません。」
"カーン"

「コノヤロー!」
ゴングの音と同時に裕子が早織に襲い掛かろうとしたが、レフリーと飛込んできた黒服達により制止される。
そして裕子は試合に乱入の恐れ有りということで、そのまま黒服達により控え室まで戻されると施錠され、
軟禁状態とされてしまった。

リング上では、早織がまだ意識を失ったままの梨華に近付く。
暫く梨華の様子を見た早織は、リング下の綾乃に水の入ったバケツを持って来る様命じた。
そして、その水を梨華の顔面に浴びせる。
"ザッバーン"
「ウ、ウン…」
浴びせられた水の冷たさに梨華の意識が戻った。
そして僅かに開けた梨華の目に、自分を見下ろす赤い水着が映った。
それにより、また相手が代わっている事、そして試合がまだ終わっていないことに気付いた梨華は、大きな
絶望感と恐怖に包まれた。
"まだ続くの…   もう、止めて…         誰か…     裕ちゃん、助けて…"
裕子が控え室に軟禁されてしまったことを梨華は知らなかった。
来る筈の無い助けを求めるだけの梨華。
「気付いたみたいね、石皮さん。あなたの希望通り、全員で相手して上げるわよ。さあ、立上がって掛かって
 らっしゃい!」
"立上がれない… それに、どうせ立ったってまた同じ目に…"
なかなか立ち上がろうとしない梨華に、早織が更に叫ぶ。
「掛かって来ないなら、さっきの子みたいに水着脱がせて観客の中に放り込むわよ! それでも、いいの!」
これには、観客から大きな黒い歓声が起こる。しかし、梨華は立たなかった。
"それでもいい… またあんな目に合うなら、その方がまだマシ…"
一部の観客からは「脱がせ」コールが起き、それに反発する観客との間で小競り合いが始まらんばかりであった。
しかし、早織は梨華の水着には手を掛けず、更に挑発を続ける。
「試合前の勢いは何処行ったの? あなたはやっぱり口だけなのね!」
"そうよ、ワタシは口だけ… みんながあんなに頑張ってくれたのに、一人何も出来ない…"
梨華は心までが完全に折れてしまった様であった。
しかし、
「朝娘。も大した事無いわね。次の試合もあんなオバさんや、盗作野郎じゃ相手にもならないわね。」
この早織の挑発が、梨華の身体にアドレナリンを湧かせた。
"…! 朝娘。を侮辱するなんて… 
 梨華、立ち上がるのよ! 裕ちゃんやナッチの為にも…"
梨華がまさに残された力を振り絞って立ち上がろうとする。
ゆっくりと、本当にゆっくりと上半身が起きた。
全身の痛みと、襲ってくる吐き気を堪えながら立ち上がろうとする梨華だったが、足へのダメージもあり、足が
もつれてリングへと崩れ落ちる。
"クソッ!"
梨華は、今度はロープを掴んで立ち上がろうとする。
会場を揺るがす「リカ」コールも聞こえず、早織の鮮やかな赤い水着を見えない状態であったが、それでも
立とうとする梨華。
自分自身の心臓の鼓動だけが、耳に大きく聞こえていた。
ロープを頼りに何とか立ち上がった梨華は、目の前に赤い水着が有る事に気付いた。
相手が誰かも分からなかったが、殆ど本能的に殴り掛かる梨華。
しかし、その力無いパンチは早織に何のダメージも与える事は出来なかった。
そして、またしても足がもつれてダウンする。
"立つのよ! 梨華!"
しかし今度は早織が、梨華の頭が上がれば頭を、肩が上がれば肩をキックして立ち上がる事を許さなかった。
激しい「リカ」コールとブーイングの中、天龍ばりの相手を小バカにした様なキックが何度も何度も繰り返され、
遂に梨華の動きが止まった。
うつ伏せ状態で荒い息を吐き出すだけの梨華に対し、早織が
「そこまでなの、石皮さん? この前の子達の方がよっぽど根性有ったわよ。」
などと挑発するが、梨華には聞こえていなかった。
それでも本能だけで立ち上がろうとする梨華。
この時梨華は何の為に立つのかすら、分からなくなっていた。
そしてロープを掴んでまたしても立ち上がった。
その梨華にゆっくりと近付く早織。
梨華は視界も定かでは無かったが、何かが近付いてくるのを感じた。
そして、本能的に右手を振り回す。
"パシーン!"
梨華の張り手が早織の顔面を綺麗に捕えた。
一瞬、早織の表情が歪む。
その手応えにもう一発を狙った梨華であったが、それは早織にガードされる。
そしてカウンターの掌底が梨華のアゴに炸裂した。
"バッシーーン!"
梨華の身体が浮き上がり、そしてリングに叩き付けられた。
この一発でまたしても意識を失った梨華の身体を担ぎ上げた早織は、ノーザンライトボムの態勢に入る。
「止めろー!」
「止めてくれー!」
観客からの哀願に近い叫びの中、梨華がまたしても脳天からリングに叩き付けられた。
"ドッカーーーン!"
もう反則負けする必要は無いので、スッとニュートラルコーナーへ下がる早織。
レフリーは口から血を流し、全身を痙攣させる梨華の状態を見て、カウント無しでゴングを要請した。

"カーン"
「只今の試合は、レフリー・ストップで山元 早織選手が勝ちました。
 この結果、山元選手が勝ち残りましたので、タプレンジャーの勝利となります。」

そのアナウンスも聞こえぬ位のブーイングと怒号が会場を覆う中、梨華が担架に乗せられ医務室へと運ばれて
いった。
そしてそのブーイングと怒号はタプレンジャー5人がリングに上がり決めポーズに入ろうとした時に、更に
大きくなった。
早織「タプレンジャーは」
「止めろー!」
四人「逃げない!」
「ふざけるなー!」
早織「タプレンジャーは」
「死んじまえー!」
四人「諦めない!」
「弱い物イジメしか出来ないのかー!」
早織「タプレンジャーは」
「リカちゃんに、謝れー!」
四人「負けない!」
「お前等なんか、二度と応援するかー!」
早織「肉体こそ」
「仲澤達にやられちまえー!」
四人「真の凶器!」
「帰れ!」
「帰れ!」
「帰れ!」
決め文句も殆ど聞こえない怒号が一斉の「帰れ」コールに代わる中、タプレンジャー達は悠々と控え室へと
引き返していった。
通路で彼女達に殴り掛かろうとする観客もいたが、それは黒服達によって阻止された。

医務室へ連れ帰られた梨華は集中治療を受ける事となったが、ともあれ命に関わる状態は脱し、また幸い後遺症も
残らない見込みであった。

ベッドで点滴と酸素吸入を受けながら深い眠りにつく梨華の元へ、軟禁状態から解放された裕子がやって来た。
過去、前回の愛等メンバーが完全KOされたシーンも数多く見てきた裕子ではあったが、ここまで酷い状態を
見るのは始めてであり、ショックに暫く呆然と立ち尽くすしか無かった。
そのまま裕子はベッドの横に座り、梨華の様子を見守り続けた。

梨華が長い眠りからようやく目覚めた時、裕子は看病疲れでコックリコックリと舟を漕ぐ状態になっていた。
梨華「裕ちゃん… 裕ちゃん…」
裕子「ウンッ… オッ、石皮起きたか? どうや、調子は? 気持ち悪くないか?」
裕子の心配を他所に、話し始める梨華。
梨華「試合はどうなったの?
   それより、あの子達は?
   みんな、大丈夫?
   様子、見に行かなくっちゃ…」
ベッドから起き上がろうとする梨華であったが、身体に付けられた管が邪魔をし、それ以上に全身の痛みと
吐き気が起き上がることを許さなかった。
裕子「石皮、無理するな。みんななら大丈夫。もう意識も戻ったし、順調に回復してる。大体、お前より酷く
   やられた奴はいないんやから。お前は、そのまま寝てればいいから。」
梨華「良かった。」
裕子の優しい声に安心して、再びベッドに横たわる梨華。
しばらく沈黙が続いた後、梨華がポツリと話し始めた。
梨華「裕ちゃん、私にはリーダーは無理だった…
   みんなに黙って勝手な事やって、集めたメンバーをあんな目に合わせて。
   それなのに、自分は何一つ出来なかった…」
最後は涙声になる梨華に、裕子が静かに語り掛ける。
裕子「お前はこんなにされながら、目覚めて直ぐにメンバーの心配をしたやろ。
   お前は立派なリーダーだよ。誰にも文句は言わせへん。」
梨華「裕ちゃん…」
それを聞いて、更に涙を流す梨華。
そんな梨華を見守りながら、裕子がポツリと喋り出す。
裕子「お前等の仇は絶対取ってやるから、安心して寝てな。
   お前等との試合で、奴等の試合っ振りや得意技も充分に見る事が出来たしな。
   …だけど奴等の狙いは分からへん。
   私がいるのを知りながら、なんで敢えてそれを見せつける様な事をしたんやろ?
   それにあいつ等は、頭を下げてまで私との闘いを希望した筈やのに…」
裕子がふと気付くと、泣き疲れた梨華は再び深い眠りに落ちていた。
それを見ながら、裕子は試合への闘志を湧き立てると共に、幾つもの疑問が頭の中で更に大きくなっていた。

−モニプロの逆襲 (完)−

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