『頂上決戦−1』

「裕ちゃん、何ボーっとしてるの? それとも、もう疲れちゃったの? ダメだね、三十路越えると。」
「うるさいよ、圭ちゃん!」
トレーニングジムに集まっているのは、タプレンジャーとの頂上決戦を目前に控えた朝娘。卒業生達。
初代リーダーの仲澤 裕子に、オリジナルメンバーの飯多 圭織,安部 なつみ、更に二期の保多 圭,三期の
後東 真希であった。
彼女達のトレーニングを見ながら、裕子はグループと自分の過去を思い出していたのであった。
TV番組のオーディションで落選した自分が、同じ落選組の圭織,なつみ,更に岩黒 彩,服田 明日香と共に
集められ、グループでのデビューチャンスを与えられることとなったが、その条件は地下リングに参加しそこで
結果を残す事であった。
早速、年長組の自分と彩がリング登場を買って出た。そしてそのファイト振りが関係者、特に後のプロデューサー
つんたに認められデビューチャンスが与えられた。
デビュー前にはCD5万枚手売りという厳しい条件も与えられたが、それも見事クリアしてメジャーデビューする
こととなったが、それと同時に圭織となつみもリングデビューした。
その後、圭達二期メンバーの追加と彼女達の地下リングデビュー。
当初追加メンバーに大きな拒否反応を示したオリジナルメンバー達も、その圭や先日脱退した弥口 真里達の
ファイト振りを認め、グループは一つにまとまることとなった。
その反面、あくまで地下リング登場を拒否し続けた明日香の引退によるピンチも訪れた。
しかしその時は、三期メンバー真希の加入と、彼女の中学生とは思えぬ地下リングでの肝の座ったスケールの
大きなファイトによりグループを立て直し、そして彼女達はトップアイドルグループへと上り詰めた。
その中で、自分と共に当初から闘い続けた彩の結婚引退もあった。
そして、四期メンバーの加入と石皮 梨華,芳澤 ひとみのリングデビュー。
その順風満帆とも思える中、裕子が最も辛かったのは二期メンバー,一井 紗耶香が後輩真希に対する
ジェラシーからガチンコ勝負を挑み、その試合に完敗した結果グループ脱退を決意した事であった。
その試合が他のメンバーに与えたショックも大きく、その後間も無く朝娘。は地下リングから去った。
しかし、ほぼそれと同時に起こったグループの低迷。
そして、自分自身の卒業。
その後、五期,六期とメンバーが追加されても、朝娘。は全盛期の輝きを取り戻す事は出来なかった。
そして、大きな賭けとも言うべきグループの地下リングへのカムバック。
そのタプレンジャーとの闘いでは、健闘は見せたものの10対5という二倍の人数にも関わらぬ敗戦。
更に梨華のタプレンジャーへの挑戦と惨敗。
そしてその時の彼女達が総ての技を自分に見せ付け、必要以上に梨華を痛め付ける様な試合は、いまだに裕子に
大きな謎を残していた。
「裕ちゃん? 聞こえてるの? 耳まで、遠くなっちゃったのかな?」
「うるさい、ナッチ! それなら、今からスパーリングだっ! 掛かって来い!」
それぞれ久し振りのリングに向けての、激しいトレーニングが続いていた。

「サオ、一つ聞きたいんだけど…」
こちらはタプレンジャーの五人。久し振りの合同トレーニングの後、いつもの「焼き肉食べ放題」の店で食事を
して、それぞれにようやくお腹が落ち付いた頃であった。
リーダーの「タプレッド」山元 早織に対し、後の四人がずっと疑問に思っていてもなかなか聞けなかった事を、
副将格の「タプイエロー」塁家 明日香が代表して聞いたのであった。
明日香「この前の石皮さんとの試合なんだけど、何であそこまでやろうと思ったの?」
早織「… 彼女が全員と闘いたいなんて言ったから、そうしたのよ。弱いくせに、口だけ達者でさ。」
明日香「確かにそうだったけど… それだけとは思えないのよ。」
乃南「サオ、あなた仲澤さんが現われたら、急に態度が変わったわよね。」
明日香「そう、彼女が現われたら途端に反則負けしろ、という指示を出してさ。耳を疑ったのよ。」
桜怜「私もそう。理解出来ないままにやっちゃったけど、凄いブーイングになっちゃったし。」
綾乃「サオ、本音を教えてよ。お願い。」
乃南「お願い、サオ。気持ちがモヤモヤして、練習にも集中出来ないの。」
暫く黙っていた早織が口を開いた。
早織「やっぱり、みんなには本当の事言わなくちゃね。
   …
   …
   …
   次の試合は、私達にとっても正念場。
   注目度が高いから、勝つのは勿論だけど、それだけじゃなくて試合内容も重要になってくる。
   …
   だから、私はあの人達に本気になって欲しかった。
   その為には、仲間である石皮さんを痛め付けるのが一番の方法だと思った。
   …
   それに、今度の試合では私達はヒールでいい。
   その方が存在感を出せるし、試合も盛上がる筈。」
綾乃「ごめん、ヒールって何?」
明日香「ヒールと言うのは、プロレスの悪役のことよ。
    確かに、あれだけブーイングを受けたんだから、私達は立派なヒールね。」
綾乃「悪役っていうと、いつかの麻理奈さんみたいなの?」
桜怜「エー! 私達、あんな悪い事しないわよ。あの人達、凶器使ったりで反則ばっかりだったじゃない。」
早織「反則するだけがヒールじゃないのよ。
   圧倒的な強さで観客に嫌われるのもヒールの一つ。
   私達は、肉体その物が凶器だからね。」
桜怜「分かった。確かに悪役がはっきりしている方が観客も盛上がるよね。」
明日香「一流のヒールはプロレスには絶対必要だもんね。」
乃南「ヒールでも何でも、私達はもっと売れなくちゃ。グラビアの賞味期限は短いし、早いことステップアップ
   しなくっちゃね。」
綾乃「そう、私には美人女優への道が待っている。」
全員「エーーーーー!?」
綾乃「何で、みんなで笑うのよっ!」
明日香「あっちんの冗談はともかく、深夜ばっかりじゃなくって、ゴールデンにも出たいよね。」
綾乃「冗談じゃないもん!」
桜怜「このメンバーでゴールデンに出れたら最高ね。タイトルは『ザ・タプレンジャー』とかでね。」
乃南「歌って、踊って、コントして…」
綾乃「恋愛ドラマなんかも良いよね。相手はジョニーズから選んで貰おうかな♪」
早織「あっちんの妄想はほっといて、とにかくその為には次の試合は絶対勝たなくちゃ。それもただ勝つだけじゃ
   無く、存在感を出さないと。」
綾乃「妄想って…」
桜怜「パワーもスタミナもテクニックも、もっと身につけなくちゃね。」
明日香「とにかく、その為にはもっと練習しなくちゃ。」
綾乃「それに、もっと食べなくちゃ。またお肉持って来ようっと。
   … 分かってるわよ。野菜も食べるって。」
乃南「いつかサオが言ってたけど、スターが行く一流の焼肉屋さんで美味しいお肉をお腹一杯食べたいしね。」
桜怜「焼肉ばっかりじゃなくって、フランス料理なんかもね。」
明日香「私は高級中華がいいな。よーし、頑張るぞ!」
全員「オーーー!」
回りのお客が驚く程の大声を上げたタプレンジャー達は、そのまま制限時間まで食事を続けた。

今回の試合形式は従来の勝抜き形式では無く、シングルマッチが5試合のみ行なわれることとなった。
これはモニプロ側からの一試合に集中する事で試合の密度を高めたいとの意向に拠る物で、タプレンジャー側も
異論は無かった。
また勝負のカギとなる登場順も、当日試合前に予め本部へ届けることとなった。

試合当日を迎えた。

モニプロ側の控え室では経験豊富なメンバー揃いとは言え、久し振りのリングという事で流石に緊張感が漂って
いたが、その中で裕子を中心に最後の打合わせが行なわれていた。
裕子「試合順を決めなくちゃね。向こうはあの早織って子が大将なんだろうから、希望通り私が闘うよ。
   先鋒はごっちんでいいのかな?」
なつみ「私が行くわ! 試合が決まった日からずっとそのつもりでいたの。お願い!」
口には出さないが、なつみの決死の思いは直ぐに4人に伝わった。
圭織「いいんじゃない、ナッチからで。きっとこちらに勢いを付けてくれるわよ。」
真希「じゃあ、私は二番手ね。これで二連勝よ。」
圭「それなら私が次で、かおりんが副将ね。軽く全勝で裕ちゃんにつなぐわよ。」
軽口を叩くメンバー達であったが、そう簡単に行く筈の無い相手である事は無論分かっていた。
裕子「じゃあ、その試合順で行くからね。」
それぞれの表情に更に気合いが入る。
裕子「じゃあ、みんな集まって。」
全員が輪を作り、手を重ねあった。
裕子「頑張っていきまっ」
全員「しょい!」

その頃タプレンジャー側も試合順を決めていたが、こちらは早織の大将以外はあみだクジで決めることとなり、
その結果、先鋒から、明日香,桜怜,乃南,綾乃,そして早織となった。
試合順が決まってからも黙々と準備運動を行なうタプレンジャー達の表情からも、今日に対する並々ならぬ決意が
感じられた。

まず、リングにモニプロの面々が上がった。
観客席の一角には、つんたを始め前回闘ったメンバー達モニプロ勢が応援に来ていたが、メンバーに加わった
ばかりの九住 小春とベリベリ工房等キッズのメンバーは、刺激が強過ぎるという事で外されていた。
また、前回大きなダメージを負った梨華以下美雄伝のメンバーも元気に顔を揃えていたが、田舎娘。達はまた
北海道へ戻っており、顔は見えなかった。
大きな喚声が上がる中、裕子がマイクを取った。
「今日は私達はチャレンジャーの立場ですが、朝娘。の名に掛けて絶対に負けません!
 皆さんも応援を宜しくお願いします!」
更に高まる大喚声と大きな拍手の中、一旦リングを降りた裕子は出場順を本部に提出した。

次いでタプレンジャーが登場したが、こちらへは激しいブーイングが浴びせ掛けられることとなった。
四方を睨みながらリングに上がる5人。
早織がマイクを取ったが、ブーイングが鎮まる事は無かった。
「今日も彼女達を全員叩き潰します。今日がモニプロ最後の日です!」
しかし、このメッセージはブーイングに消され、観客には殆ど届く事は無かった。
早織はそれに関せず、決めに入る。
早織「タプレンジャーは」
四人「逃げない!」
早織「タプレンジャーは」
四人「諦めない!」
早織「タプレンジャーは」
四人「負けない!」
早織「肉体こそ」
四人「真の凶器!」
決めポーズに対し再び起こる大ブーイング。
タプレンジャーにとっては、完全なるアウェーの雰囲気であった。
リングから降りた早織も、本部に試合順を提出する。

リングから人がいなくなった所で、アナウンスが流れた。
「タプレンジャー対モニプロのシングル5番勝負を行ないます。勝負の決着は通常のプロレスルールに準じ、
 フォール,ギブアップ,KO,レフリーストップ,ドクターストップ,反則等ですが、場外カウントアウトは
 有りません。」
試合のルール自体は、前回同様である。
「続いて対戦カードを発表致します。
 先鋒戦、塁家 明日香 対 安部 なつみ
 次鋒戦、原多 桜怜 対 後東 真希
 中堅戦、多喜沢 乃南 対 保多 圭
 副将戦、芳川 綾乃 対 飯多 圭織
 大将戦、山元 早織 対 仲澤 裕子」

対戦を覚悟していた早織と裕子以外は、ここで初めて闘う相手が分かったこととなる。
相手のファイト振りを思い浮かべ、試合のイメージトレーニングを行なう選手達。

観客達も決定したカードで色々と予想を始めていた。

そのザワザワと落ち付かない中、両軍の先鋒である明日香となつみがリングに上がった。

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