『頂上決戦−2』

黄色いスポーツビキニの明日香に相対するなつみは、純白のワンピース姿であった。
グループの顔として、朝娘。をそしてモニプロを牽引し続けてきたなつみも、既に24歳となっていた。
CDデビューより先にリングデビューをしていた裕子,彩に続き、なつみがデビュー曲「モーニング・セット」の
発表と時に同じくして圭織と共に地下リングへやってきたのは、二人がまだ16歳の時であった。
訳も分からずにリングに上げられ、152cmと小柄でしかも当時は細身であった事も災いして、何も出来ないまま
一方的に痛め付けられ無残にKOされたデビュー戦であった。
その後も何度かリングに上がったが、結果はいつも同じであった。
対戦相手の人気者なつみに対するジェラシーも有って徹底的に痛め付けられ、気付いた時には必ず医務室のベッドの
上であった。
何とかしようと無理にウェイトアップした時期もあったが、かえって動きが悪くなっただけであり、事情を知らぬ
一部の心無いファンから嘲笑されることともなった。
それでも、黙々と努力し、いつも笑みを絶やさないなつみは多くのファンから愛され続けていた。
彼等にとっては、あくまでも「朝娘。=なつみ」なのであった。
それはエースの座を真希に奪われた時期も、卒業後も決して変わる事は無かった。
そして、あの盗作騒動の時も。
芸能界からの引退を半ば決意していた彼女を引き留めたのは、メンバーと共に古くからのファン達であった。
そのメンバーやファンの気持ちに何とか恩返ししたかった。
その思いから買って出た先鋒であった。
体格的にも勝てる可能性が殆ど無い自分が頑張りを見せる事で、勢いを付けたかった。
白い水着にもその思いが有った。
なつみは相手コーナーの明日香に鋭い視線を送り続けていた。
その表情は、普段のいつもにこやかな「ナッチ」とは別人であった。

両者がレフリーに呼ばれ、簡単な注意が行なわれた。
近くで相対すると二人の約15cmの身長差と横幅の差は圧倒的であった。
観客からは、明日香のウェストとなつみのバストがほぼ互角に見えていた。
注意が終わり、一旦両コーナーへ別れる二人。

「第一試合、塁家 明日香対安部 なつみを行ないます。」
"カーン"
ゴングと共に起こる大きな「ナッチ」コールと明日香へのブーイング。
観客は表面上はほぼ100%なつみを応援していた。
しかし、その心の中はなつみが如何にやられるかという黒い期待に満ちてはいたのだが。
なつみは、左右に或いは前後に動いて明日香に捕まらない様にする。
以前の明日香と絵里の試合を何とかイメージしようとしていた。
一方の明日香もこの展開は予想していた。簡単には捕まえられない状況も当然想定しており、逆に絵里との
試合の様にならぬ様、じっくりと構えていた。
コーナーへ追い詰めようとする明日香に対し、なつみは一旦ロープをくぐり、エプロンへ移動する。
"焦るな!"
明日香はそれを無理に追わず、一旦対角コーナーまで戻る。
"マズい…"
明日香の落ち付いた様子に、なつみが逆に焦り出してきた。
「ファイト!」
レフリーの声と共に再び接近する両者。
まず手を出したのはなつみであった。
ローキックをおとりに使うと、明日香の顔面に張り手を狙った。
しかし、リーチの差も有りそれは空振りに終わった。バランスを崩したなつみに明日香がそのまま体当たりを
かました。
"ドォーン!"
コーナー近くまで吹っ飛んだなつみの首筋を、明日香がロープを両手で掴みながら踏み付ける。
自身の二倍近い体重を掛けられ、なつみが喘ぐが、ここはロープを使っているという事で反則と見なされ、
レフリーがブレイクする。
ブレイクと同時になつみが場外へエスケープするが、ここも明日香は深追いせずコーナーへ戻る。
リング下で呼吸を整えるなつみの首筋には、明日香の足跡がしっかり残っていた。
「ナッチ」コールに押される様にリングに戻ったなつみは明日香の足元に飛び込み、カニ挟みを狙う。
"ドーン!"
この奇襲に明日香が大きな音と共にリング上にダウンする。
観客からの大きな拍手の中、素早く立ち上がったなつみは明日香の左足を取るとキックを連発する。
更にその左足を取るとアキレス腱固めを仕掛ける。
技自体はしっかり決まった様に見えていたが、体格差はいかんともし難く、なつみを引き摺るようにして明日香が
ロープへ簡単にエスケープする。
「ブレイク!」
レフリーの声に体を離したなつみは素早く立ち上がると、ダウンしたままの明日香にキックを浴びせ掛ける。
その攻勢に観客から拍手が起こる。
更になつみはダウンしたままの明日香に飛び乗りマウントポジションを狙ったが、明日香も足を上手く絡めて、
その態勢を許さない。
暫く膠着状態が続いたが、明日香が体格差とパワーをを活かし上になったなつみのバランスを崩すと、身体を
入替えた。
自分より二回りは大きい明日香に上になられ、なつみの動きが止まる。
上になった明日香は右手を振りかざすと、得意のアイアンクローを狙う。
顔面をワシ掴みにしようとする明日香に対し、両手でその右手を押さえるなつみ。
明日香は一旦アイアンクローを諦めると、身体を浮かせそのヒップをなつみのお腹の上に落とした。
「グプッ!」
その衝撃になつみの表情が歪む。
更に明日香は空いた左手でなつみの横っ腹からボディを連打する。
そして、力の抜けたなつみの手から右手を抜くと、狙いをストマッククローに切り替える。
水着の上からではあるが、なつみの胃袋辺りをワシ掴みにすると、体重を掛ける。
「グアッ…  ゴブッ!   オアーーーー…」
激しく逆流してくる胃液に、なつみの口からはアイドルは発するとは思えぬ奇声が上がる。
暫く締め上げた明日香はストマッククローを解くと、一瞬ホッとしたなつみの今度は顔面に右手を食込ませた。
「ギャーーーーー!」
頭が割れる様な痛みになつみは悲鳴を上げ、全身をバタつかせる。
明日香は締め上げる右手に左手も添えて、更に力を込める。
「アッ…   アッ…   アッ…」
なつみの悲鳴も動きも小さくなるが、それでも会場からの「ナッチ」コールに力を借り何とか足をロープに伸ばす。
「ブレイク!」
レフリーの声でクロー地獄から逃れたなつみは、そのまま必死に場外へ逃げるが、そこで遂に耐えきれず反吐を
吐き出してしまう。
「ナッチ、大丈夫?」
慌てて駆け寄った真希が差し出した水でうがいをしたなつみは、
「大丈夫よ。」
と一言だけ言うと、血の気の失せた表情のまま、明日香の待つリングへ戻る。
ここでも明日香は焦る事無く、ゆっくりとなつみに迫る。
そしてなつみの身体がリングに入った瞬間、明日香が突然スピードアップして飛び込んだ。
"エッ!"
不意を突かれた形になったなつみは、明日香のタックルをまともに食ってしまった。
"ドーーン!"
なつみの身体がコーナーポストに叩き付けられる。
コーナーにもたれ掛かった状態のなつみに、明日香のボディアタックが炸裂した。
"ドワーーーン!"
リングが激しく揺れ、明日香とポストにサンドイッチとなったなつみは、そのまま崩れ落ちた。
明日香は、自分のヒップをそのなつみのお腹に乗せ全体重を掛ける。
全く動けないなつみであるが、何とかロープに手を伸ばす。
「ブレイク!」
レフリーの声と共にゆっくりとなつみのお腹から立上がった明日香は、荒い呼吸を繰り返すなつみの髪の毛を
持って立たせると、その顔面をビキニから大きくはみ出した自分のお腹に押し付けた。
"ムグーーー!"
「樽ドル」或いは「腹ドル」とも呼ばれる明日香ならではの窒息攻撃に、声にならない悲鳴を上げるなつみ。
観客からはこの攻撃に当初大きな笑い声が上がったが、なつみの動きが徐々に鈍るにつれ、笑い事で済む攻撃では
無い事に気付きだし、なつみへの声援が一段と高まった。
その時、
「イターーーー!」
大きな悲鳴が明日香の口から上がった。
何となつみが苦し紛れに、押し付けられた明日香のお腹に噛み付いたのであった。
これにより、なつみはようやく窒息攻撃から逃れる事が出来たが、その場に崩れ落ちたきり動く事は出来なかった。
噛まれたお腹を押さえながら明日香が怒りの表情でなつみに近付く。
再びなつみの髪の毛を掴んで立たせた明日香は、なつみのボディに膝蹴りを叩き込む。
"ボスッ、ボスッ!"
更に明日香はなつみをベアハッグの態勢に取り、暫く締め上げた後そのままコーナーへ走ると、ポストと自分の
身体でサンドイッチとした。
"ドカーーン!"
リングがそのショックで大きく揺れ、なつみはその場に崩れ落ちる。
明日香はなつみの身体を担ぎ上げると、反対コーナーへ走り込みアバランシュ・ホールドで叩き付けた。
"ドワーーーン!"
またまたリングが大きく揺れ、立上がった明日香の足元にはなつみが虫の息で大の字に横たわっていた。
明日香は軽くジャンプすると、なつみのお腹の上に着地した。
「グェーー!」
これによりなつみの胃液がまたしても、口から溢れ出した。
お腹を押さえのたうつなつみを見下ろした明日香は、親指で自らの首を掻き切るポーズで観客にアピールするが、
返って来たのは大きなブーイングであった。
その観客を睨み付けた明日香はなつみの身体をしっかり抱きかかえると、連発式パワーボムの態勢に入る。
そしてなつみの身体を軽々と持ち上げると、リングに叩き付ける。
"ドッカーーン!"
そのまま再び引き上げるともう一発。
"ドッカーーン!"
モニプロの応援団が目を覆う中、三度なつみの身体を引き上げた明日香は最後の一発を狙う。
これまでより更に高く引き上げると、次の瞬間なつみの身体をまさに投げ捨てた。
"終わった…"
と誰もが思ったその時、奇跡が起こった。
意識が有るのかも分からぬなつみの足が明日香の首を挟み込んだ。
そして、叩き付けられる勢いを利用して、明日香の身体を回転させ前方に叩き付けたのである。
更に半回転したなつみの身体が明日香の上となる。
ルチャ・リブレの秘技「ラ・マヒストラル」であった。
「ワン、ツー、スリー」
"カーン"
「只今の試合は、フォールで安部 なつみ選手が勝ちました。続いての選手、リングに上がって下さい。」

そのアナウンスと共に沸き起こる、会場を揺るがす様な大歓声と「ナッチ」コール。
しかし、その声はなつみには聞こえていなかった。
明日香の上になったまま、意識を失っていたのである。
大きな拍手と歓声を受けながら担架で医務室へ運ばれる勝者なつみは、今回もまたベッドの上で意識を取り戻す
こととなった。
そして、試合結果を知り満面の「ナッチスマイル」を見せるにはまだ暫くの時間が必要であった。

一方、敗者明日香は殆どダメージも無く、リング上で呆然と立ち竦むしかなかった。
その明日香の肩がポーンと叩かれた。
振り向いた明日香の前には、ニッコリ笑った桜怜が立っていた。
その顔を見た明日香は一つ頷くと、大きなため息をつきながらブーイングの中リングを降り、そのままセコンド席に
ついた。

前回も実感させられた朝娘。の底力を今日も見せつけられたタプレンジャー達は、気合を入れ直していた。
そして、「タプピンク」桜怜の反対コーナーには、同じくピンク色の水着に身を包んだ後東 真希が立っていた。

なつみの奇跡的な勝利に大いに盛上がるモニプロの中でも、真希はいつもの冷静さを失ってはいなかった。
先日20歳を迎えた真希が朝娘。三期のオーディションを受けたのは、彼女がまだ13歳の時であった。
幼い頃から姉,弟と共に母親一人に育てられてきた真希の夢は、一日も早く母親に楽をして貰う事であった。
その為に歌のレッスンも積んできた真希は直ぐにでも芸能界へ入りたかった。
そこへ巡ってきた大きなチャンスを逃がす訳にはいかなかった。
そして、最年少で最終オーディションを迎えた真希の姿は日本中に衝撃を与えた。
それは金髪で現われた事だけでは無かった。13歳とは思えぬ大人びた風貌と堂々とした態度は、最終候補の中では
明らかにずば抜けた存在感を示していた。
二名合格の予定を変更してのただ一人の合格にも誰もが納得した。
そして、加入していきなり与えられたエースの座にも総ての者が納得した。
いや、正確には一人だけは納得しなかった。
グループ内ユニット "プッチ朝。" も組んでいた二期メンバーの一井 紗耶香が、真希の特別視に異論を唱え、
地下リングでの闘いを挑んだのであった。
紗耶香も真希も既に地下リングデビューはしていたが、これが初のメンバー同士の闘いとなった。
激しい闘いの末、真希は2つ年上の紗耶香を破り、その直後紗耶香は失意のままグループを去った。
そして、その衝撃に朝娘。いやモニプロもまた、地下リングから去った。
しかし、そんな真希にも大きなピンチが有った。真希に続いて芸能界にデビューしていた弟「遊希」が度重なる
不祥事により、事務所を解雇されてしまったのである。
そのペナルティによる大きな負債を抱えてしまった真希は、ソロデビューの道を選んだ。
決して好んではいなかった水着グラビアも多くこなし、そしてチャンスが有れば地下リングへの復活も考えていた。
今日はその為にも下手な試合をする訳には行かなかった。

レフリーの注意を受けながら、激しい視殺戦を繰り広げる桜怜と真希。
同学年で、身長も桜怜158cm,真希159cmとほぼ同じ二人であったが、キャリアの差も有りその存在感では真希が
圧倒していた。
睨み合いながら桜怜は、真希の放つオーラにこれまでの試合では感じた事の無いプレッシャーを感じていた。

「第二試合、原多 桜怜対後東 真希を行ないます。」
"カーン"
大きな「ゴマキ」コールの中、ゴングが鳴った。
「ウォーーーー!」
完全アウェーの雰囲気と真希のオーラによるプレッシャーを吹き飛ばさんと、ゴングと共に大声を上げた桜怜は、
真希のコーナーへ走り込むと太い右腕でのラリアットを狙った。
その奇襲を小さく首をすくめるだけで交わした真希は、バランスを崩した桜怜の左足に右左と連続でローキックを
叩き込む。
「クソッ!」
今度は大振りのパンチを狙う桜怜であったが、真希はそれもダッキングで軽く交わし、再度ローキックで桜怜の
左足を狙う。
今度は桜怜は何とか間合いを詰めて捕まえようとするが、真希はステップバックして距離を保つ。
追う桜怜と逃げる真希。
暫くその状態が続いた後、真希がロープを背負った形となった。
そこへラリアットを狙った桜怜であったが、真希はタイミング良く身体を屈めると桜怜が飛び込む勢いを利用して、
肩車で跳ね上げた。
桜怜の身体がロープを越え、場外まで放り出された。
"ガスーーン!"
場外に叩き付けられダウンした桜怜に素早く真希が襲い掛かる。
素早いストンピングで、またしても桜怜の左足を蹴りまくる。
一旦桜怜から離れた真希が観客からパイプ椅子を取り上げると、それを縦に使い桜怜の左太ももへ叩き付ける。
"ガツーーーン!"
鈍い大きな激突音が、会場に響く。
「アァーーー!」
一瞬遅れて桜怜の悲鳴が会場にこだまする。
左足を押さえる桜怜に対し、真希は椅子を振り上げると容赦無く全身をメッタ打ちにする。
"バシーン! バシーン!"
完全に真希にペースを奪われ、反撃出来ぬ桜怜。
実はこの容赦無いラフファイトが真希の真骨頂なのでもあった。
レフリーの注意で椅子を投げ捨てた真希は、リング内に戻ると観客の大歓声に手を上げて応える。
一旦リングに戻った真希であるが、桜怜がなかなか立ち上がれないのを見ると再びリング下に降りた。
そしてストンピングを数発入れると、桜怜の髪の毛を掴み強引に立たせる。
そしてそのままリングエプロンに桜怜の顔面を叩き付ける。
"ガツーン!"
更にもう一発狙った真希であったが、桜怜のパンチが真希のボディに入った。
「グウッ!」
予期せぬ一撃に真希の力が抜けた。
そこへ桜怜の至近距離でのラリアットが炸裂した。
"バシーン!"
真希がこの一撃でダウンする。
その間に桜怜は、左足を引き摺りながらもリングに戻る。
場外でダウンした真希であったが、ダメージは小さくこちらも直ぐにリングに戻る。
再び睨み合う両者であったが、真希がスッと飛込むと桜怜の左足にローキックを入れる。
真希はバランスを崩した桜怜の足を取ってダウンさせると、デスロックの態勢で左足を絞り上げる。
何とか下からのキックで態勢を崩そうとする桜怜であったが、真希もなかなかそれを許さない。
それでも何とか桜怜がキックでデスロックの態勢を崩した。
一旦桜怜の足を離した真希はジャンプすると、エルボーを桜怜の左太ももに叩き付ける。
そして立ち上がった真希はキックを桜怜の左足へ連発する。徹底した一点集中攻撃であった。
真希が再びデスロックを狙ったが、桜怜もここを狙っていた。
身体を起こして真希の水着を掴んで引き摺り倒すと、その身体の上に乗り体重を掛けようとするが、桜怜に上に
なられてはたまらないだけに、真希も懸命に暴れ逃げ出す。
両者の体が離れた。
素早く立上がった真希は攻撃を仕掛けず、桜怜のダメージを確認する。
その桜怜もゆっくりと立上がったが、赤く腫上がった上に椅子を叩き付けられた蒼黒い跡が一本残る左足のダメージは
観客からも明らかであった。
それでもここは桜怜が先手を取った。
立上がると同時に間合いを詰め、桜怜のダメージを確認していた真希の隙をついて、チョップでその胸元を狙う。
"パシーン!"
その威力に思わず後ずさりする真希に対し、桜怜はチョップを連発してコーナーへ追込む。
コーナーへ詰まった真希に対し、桜怜がタックルを狙った。
しかし、真希はそれを素早く交わす。
"ドォーーン!"
コーナーに肩から激突しその場に倒れた桜怜に対し、真希は攻め込まず自コーナーへ移動する。
そしてレフリーの目を盗みながら、コーナーにぶら下がっていたタッチロープを解き、水着の中に仕舞い込む。
立上がった桜怜は真希に向き合い組合おうとするが、真希は横へ回り込むとまたもローキックで左足を狙う。
更に桜怜の後方へ回り込んだ真希はスリーパーを狙いながら、先ほど仕舞ったタッチロープを取出す。
そして、ロープを桜怜の首に巻付けるとスリーパーに見せながら、ロープで締め上げる。
「グ、グッ!」
細いロープで首を締められ苦しむ桜怜を見て、リング下のタプレンジャー達は反則をアピールするが、レフリーは
確認出来ないのか、取り合わない。
桜怜は、徐々に意識が遠のいて行く気配を感じてはいたが、
"タプレンジャーは負けない!"
気合いを入れると立上がり、そのまま後方へ倒れ込んだ。
"ドッスーン!"
桜怜の全体重を受ける形になった真希の手から力が抜けロープが緩んだが、桜怜も動けずロープが首に巻付いた
状況は変わらなかった。
桜怜の下敷きになっていた真希は身体をずらすと、今度は隠す事も無く両手で桜怜の首に巻付いたロープを
締め上げる。
「グエッ!」
言葉にならぬ悲鳴を上げる桜怜であったが、流石にこれにはレフリーの反則カウントが入り、ロープはレフリーに
取上げられた。
「ゴホッ、ゴホッ…」
激しく咳込む桜怜と、大歓声の観客に手を振って応える真希。
"何で、反則しているのにみんな応援するの? やっぱり、私達は存在自体がヒールなの?"
桜怜は、こちらにも一本赤い筋が残る首筋を押さえながら自問する。
真希は桜怜の水着を掴んで立たせると、ボディへの膝蹴りを狙う。
しかし、それより一瞬早く桜怜が頭突きを真希の顔面に叩き込んだ。
"グシャッ…"
鈍い音と共に、真希が顔面を押さえながらその場にしゃがみこむ。
顔面を押さえた真希の掌には、自らの鼻血がベッタリと付いていた。
"どうせヒール扱いされるなら、やってやる!"
桜怜の回し蹴りが立て膝状態の真希の後頭部に炸裂した。
"バシーン!"
うつ伏せに倒れた真希の背中に桜怜のストンピングが叩き込まれる。
無論、桜怜も一つ蹴る度に軸足となる左足に激痛が走る。
更に、桜怜は真希の背中にヒップを落とした。
"ドスン!"
「グエッ!」
桜怜の全体重を背中に受けた真希の口から、思わず声が出る。
桜怜は身体の向きを変えると、真希のアゴに手を掛けキャメルクラッチを狙うが、真希もそうはさせじと、アゴを
引き防御姿勢を取る。
その防御に技を諦めた桜怜はゆっくり立上がると真希を引き摺り起こし、ボディへの膝蹴りを狙う。
しかし、それより一瞬早く真希のローキックが桜怜の痛む左足に入った。
「ウッ!」
その痛さに桜怜がその場にしゃがみ込む。
真希はロープまでバックステップを踏むと、反動を利してケンカキックを膝立ち状態の桜怜の顔面に叩き込む。
仰向けにダウンした桜怜に対し、真希は膝をその鼻を狙って落とす。
"ガスン!"
この一撃で、桜怜の鼻からも鼻血があふれ出す。
更に真希は桜怜の顔面を狙ってストンピングを連発する。
自らの鼻血で桜怜の顔面が赤く染まって行く。
鼻からの呼吸が出来ず、大きく口を開けて喘ぐ桜怜の左足を取った真希は四の字固めを狙うが、桜怜も自由な右足を
バタつかせそれは許さない。
ならばと真希はアキレス腱固めを決めた。
左足を貫く新たな痛みに頭を抱える桜怜だったが、レフリーの「ギブアップ?」の声には首を横に振り、そして
腕力だけでロープへと進む。
「ブレイク」
レフリーの声により技を解き立上がる真希。
立上がろうとして上半身を起こした桜怜に対し、再度ケンカキックを狙う。
ロープの反動を使って飛び込むが、桜怜もここは両手をクロスさせてブロックすると、それにより真希が逆に弾き
飛ばされ、仰向けにダウンする。
桜怜は左足を引き摺りながらも真希の上に乗ると、腕と首を極め袈裟固めの態勢に入ろうとするが、真希も自由な足を
バタつかせて何とかロープへ逃げる。
「ブレイク」
レフリーの声に一旦技を解いた桜怜だが、次の瞬間ブレイクで油断した真希のボディに膝を落とす。
「グエッ!」
苦しむ真希の姿に、観客からは桜怜に対する大きなブーイングが起こる。
その観客達を睨み付けた桜怜は真希の髪の毛を持って上半身を起こすと、その首筋にラリアットを打ちながら体重を
浴びせ掛ける。
"ドッスーン!"
そして、今度は完璧な袈裟固めの態勢に入る。
真希は首と腕を極められて、動きが取れずに桜怜の体重を浴びせられることとなった。
"負けられない! ママやお姉ちゃんや遊希の為にも!"
必死にもがこうとする真希であったが、このチャンスを逃がすまいとする桜怜もそれを許さない。
そうこうしている内に徐々に真希の抵抗する力が弱まってきたのを桜怜も感じた。
桜怜は技を解き立上がると失神寸前の上半身を起こすと、その顔面に膝を叩き付けた。
"ガスーン!"
これにより、一旦止まっていた真希の鼻血がまた噴出した。
しかし、その痛みは飛び掛っていた真希の意識を取り戻させた。
真希にゆっくりと近付いた桜怜は止めに掛かろうとしたが、その時真希のキックが桜怜の左足に炸裂した。
"ビシッ!"
「アウッ!」
顔面を赤く染めた真希は、その場にダウンした桜怜の左足に対し、狂った様にキックを連発する。
その桜怜の左足を取った真希は、ふくらはぎ辺りをロープに乗せ固定すると、肩で大きく息をしながらもコーナー
ポストの最上段まで上がる。
桜怜の左足に狙いを定めた真希がダブルニードロップを狙って飛び降りた。
この状態で直撃を食えば、骨折まで考えられる状況であったが、一瞬早く桜怜が左足をロープから外し避けた為、
真希の両膝はリングに衝突した。
"ガツーーン!"
「ギャーーーー!」
両膝を抱えて悲鳴を上げる真希のボディに、ゆっくりと起き上がった桜怜がキックを叩き込む。
「グエッ…」
更に今度は顔面に。
"ガスッ!"
真希の髪の毛を持って引き摺り起こした桜怜はその首をフロントネックに捕らえ、持ち上げようとする。
一瞬真希の身体が上がったが、桜怜も左足に力が入らず持ち上げきれない。
次の瞬間、桜怜はそのまま通常のDDTで真希の脳天をリングに叩き付けた。
"ドスン!"
そして、そのままフォールの態勢に入る。
「ワン、ツー、スリ…」
真希も寸前肩を上げる。
安堵するモニプロ応援団達。
桜怜は真希のボディにヒップドロップを一発落とすと、真希の口から逆流した胃液が溢れる。
真希の上半身を起こした桜怜は後ろに回り込むと、スリーパーの態勢を取る。
締め上げる桜怜も、締められる真希の顔面も赤く染まっている。
桜怜の太い腕が真希の首筋に食い込み、密着させた大きなバストが真希の自由を奪う。
"ママ、お姉ちゃん、ユウキ…"
暫くはもがいていた真希だったが、身体から力が抜けて行く。
レフリーが真希の意識が完全に無くなった事を確認して、ゴングを要請した。
"カーン"
「只今の試合は、レフリーストップで原多 桜怜選手が勝ちました。続いての選手、リングに上がって下さい。」

真希の健闘を称える大きな「ゴマキ」コールと桜怜へのブーイングの中、意識を失った真希が担架で運ばれて行き、
一方の桜怜も自力で歩く事が出来ず、黒服に肩を借りて医務室へと向かった。

そしてリング上には、乃南と圭が共に厳しい表情で上がった。

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