『頂上決戦−3』

壮絶な死闘の末の一勝一敗を受けて『タプブルー』乃南と相対する黄色い水着の圭は、グループの最初の追加
メンバー,所謂二期メンバーとなる。
追加当初はオリジナルメンバーやファンの拒否反応を肌で感じてはいたが、自分の不器用さを分かっていた圭は
無理に焦る事無く、歌やダンスのトレーニングを積んで実力を付ける事で認められる方向を選んだ。
そして、その一途さは裕子をはじめとするメンバーにゆっくりとではあるが、認められていった。
いつしかその実力はメンバーだけでなく、ファンやつんたも認めるものとなり、服田 明日香脱退直後には彼女が
歌っていたメインパートを代わって任せられる事ともなった。
そして、その不器用な一途さは追加されて直ぐに上がったリングでも同じだった。大技こそ無いものの、基本技
中心の闘い振りに関係者の評価は高く、モニプロ内最強説も有った。
また現在25歳と、オリジナルメンバーの圭織やなつみより年上と言う事も有って、後輩達の良き相談役でも有った。
ちょっと怖い裕子と、優しい圭のコンビはプロジェクトをまとめる上で大いに役立っていた。
ルックス面で男性ファンが少ないという面も否定出来なかったが、それを補って余り有る存在意義が彼女には
認められていた。

レフリーが注意の為、両者を中央に呼んだ。
別れ際、圭が乃南に手を差し出し握手を求めた。
一瞬戸惑った乃南であったが、圭の顔を睨むとそれを拒否した。
その行為に対し観客から大きなブーイングが起こる。
圭も、出した手を引っ込めると自分のコーナーへ一旦戻る。

「第三試合、多喜沢 乃南対保多 圭を行ないます。」
"カーン"
ステージでも卒業コンサート以外では起こった事も無い大きな「圭」コールの中、リング中央で両者がガッチリと
組合った。
乃南の155cmに対して、圭は157cmとやや上回る。メンバー内有数のパワーの持ち主の圭では有ったが、流石に
パワーは乃南が上手であった。
重心を落として圭を押し込むと、そのままコーナーへ背中を叩き付けた。
"ドスーン!"
乃南は圭の胸元に水平チョップを叩き込む。
"ピシーン!"
小気味良い音と共にチョップが決まったが、圭は怯む事無く袈裟切りチョップを乃南の肩口に打ち降ろす。
"バシーン!"
この一撃で乃南が半歩後退した。
そこへ、圭が左右の袈裟切りチョップで追討ちを掛ける。
"バシーン,バシーン!"
押し込まれそうになった乃南も態勢を整えると、逆に踏み込み再び水平チョップを圭の胸元へ打ち込む。
"ビッシーン!"
圭も下がる事無く、袈裟切りチョップを更に打ち込む。
"バッシーン!"
両者の足を止めての激しいチョップの応酬に観客の喚声が大きくなり、さらに「圭」コールが起こる。
そのコールに力を得た圭は、数発目のチョップを乃南の肩口では無く脳天に打ち込んだ。
"バスン!"
この強烈な一撃に、乃南がダウンする。
大きな「圭」コールの中、圭は乃南を立たせるとコーナーポストへ叩き付けた。
"ドスーン!"
大きな音と共にリングが揺れる。
グッと重心を落とした圭は、コーナーにもたれ掛かった乃南にショルダータックルを叩き込む。
"ドッスーン!"
更に圭は乃南の腕を取ると、今度は反対コーナーへ叩き付け、再度ショルダータックルを狙う。
"ドッスーン!"
しかし乃南がここは避けた為、圭はコーナーポストに肩を打ちつけてしまった。
振り返った圭の首筋に、乃南のラリアットが炸裂した。
"バシン! ドォーン!"
背中をコーナーに打ち付けられた圭に、乃南がお返しのショルダー・タックルを叩き付け、更にボディスラムで、
リング中央へ投げ付ける。
乃南は自らロープへ飛ぶと、ジャンプ一番エルボー・ドロップを狙うが、ここは圭が避ける。
"ドスーン!"
自爆して肘を押さえる乃南の髪の毛を持って立たせた圭はボディスラムを狙うが、乃南も重心を落としそれを防ぐ。
ボディ・スラムを諦めた圭は、素早く乃南のボディに膝蹴りを叩き込んだ。
この予期せぬ一撃に乃南がひざまずくと、圭はバックステップでロープまで下がり、その勢いでケンカ・キックを
乃南の顔面に入れる。
"バッシーン!"
もんどりうって倒れた乃南が、リングで仰向けにダウンする。
圭は慌てて起き上がろうとする乃南の髪の毛を掴むと、ヘッドロックに捕えた。
ロープに振ろうとする乃南だが、ガッチリ決まった急所を捕えたヘッドロックを外す事が出来ない。
圭が更に力を入れて絞り上げると、乃南の口から悲鳴が上がる。
「アーーー、アッ、アッ…」
「のなみん、しっかり!」
「ロープへ逃げて!」
早織や明日香から、悲鳴に近い声が上がるが、モニプロ勢や観客の喚声に掻き消される。
尚も圭が絞り上げ続けると、乃南の身体からフッと力が抜けた。
それを感じた圭が、乃南の様子を確認しようとヘッドロックを一瞬弱めた瞬間を乃南は狙っていた。
圭のボディに両手を巻き付けると、強引にバックドロップで後方へ投げ付ける。
"ドッカーン!"
この勢いで流石の圭のヘッドロックも解けたが、乃南は頭を押さえたまま動く事が出来ない。
後頭部を押さえながらも先に起き上がった圭は、乃南の背中にキックを一発、二発と入れると、ダウンした乃南を
今度はヘッドシザースに捕えた。
当初は何とか首を抜こうとした乃南であったが、それも無理であった為、身体の力でロープブレイクに逃げる。
「ブレイク!」
レフリーの声で技を解いた圭であったが、素早く立上がると乃南の顔面からボディに掛けてキックを連発する。
乃南を引き摺り起こした圭は再びヘッドロックに捕えると、首投げで投げ付けそのままグラウンド状態で締め上げる。
「アーーーー…」
乃南の口からまたも悲鳴が上がる。
観客は、ここまでの一方的な展開にむしろ静かになり始め、あちこちからこんな声が上がり始めていた。
「圭ちゃん、つえー!」
「やっぱり、モニプロ最強だな。」
「と言うか、乃南が弱いのか?」
「こちらはやっぱりタプレン最弱だな。」
ヘッドロックに苦しむ乃南だが、不思議とこういう声は聞こえていた。
デビュー戦でひとみに敗れ、汚名返上を狙った前の試合も唯の戦意喪失で不完全燃焼に終わった乃南に対し、
「タプレンジャー最弱」の評価が有るのは無論知っていた。
『私だって、タプレンジャーよ。タプレンジャーは負けない!』
乃南は全身に力を込めると、強引に立上がる。そして、圭のボディに手を回すと再びバックドロップを狙った。
しかし二度目ともなると、圭もこれは読んでいた。
空中で上手く身体を捻ると、乃南の上になって落ち、そのままフォールの態勢に入る。
"ドッスーン"
「ワン、ツー、スリ…」
スリー直前で乃南が肩を上げた。
ホッとするタプレンジャーと、残念がるモニプロメンバー達。
圭は乃南の首筋に膝を一発落とすと、今度は首四の字を狙う。
乃南は完全に極まる前に何とか抜け出すと、そのまま立ち上がりマウントポジションを狙う。
しかし圭も足と腕を上手く使い、マウントを許さない。
暫くその状態が続いたが、マウントを諦めた乃南は自コーナーへ戻り、呼吸を整える。
その行動に観客から大きなブーイングが起こる。
起き上がった圭と乃南が向かい合った。
両手を頭上にかざし手四つの形を狙う乃南に対し、それを嫌った圭は乃南のボディに前蹴りを入れる。
一瞬、前のめりになった乃南であったが、そのまま重心を落とすと圭のボディにタックルを入れ、コーナーへ押込む。
"ドォーーン!"
コーナーに圭の背中を叩き付けた乃南は、そのボディに重いキックを連発する。
"ドスッ、ドスッ!"
流石にこの攻撃には、この試合初めて圭の表情が歪む。
乃南は圭をボディスラムでリングに叩き付けると、ジャンプしてダブルフットスタンプで圭のボディを踏み付ける。
「グエッ…」
更に圭の表情が歪んだ。
圭の髪の毛を掴んで立たせた乃南は、圭のボディに膝蹴りを叩き込む。
そしてロープへ飛ばすと、帰ってくる所へラリアットを狙う。
しかし、圭もそれを身体を低くして避けると反対ロープまで飛び、その勢いでラリアットを狙う。
振り返った乃南もそのままラリアットを狙った為、リング中央でラリアットが相打ちとなった。
"バーーン!"
両者共にダウンしたが、ロープの反動を利した圭の勢いが上回ったか、乃南より先に立ち上がった。
ダウンしたままの乃南に近付いた圭は、乃南の髪の毛を両手で掴むと強引に立上がらせ、そのままヘッドバットを
叩き込んだ。
"ゴツン!"
会場に鈍い大きな音が響き、乃南が崩れ落ちそうになるが、圭は髪の毛を掴みそれを許さない。
そして、もう一発。
"ゴツン!"
三発目は片手を離し、更に片足も振り上げての渾身の一発であった。
"ゴツーン!"
この大木 金太郎 (圭は勿論、知らないが)張りの一本足頭突きで乃南は大の字にダウンしたが、圭自身も頭を
押さえてうずくまった。
会場の「圭」コールに押されて、圭がフォールの態勢に入る。
「ワン、ツー、スリ…」
条件反射の様に、乃南の肩が僅かに上がった。
「クソッ…」
圭は乃南の上半身を起こし、後方へ回り込むとスリーパーの態勢に入った。
両手を振りまわして暴れる乃南に対し、圭は両足をそのボディに絡み付け胴締めスリーパーに移行する。
圭の両手両足が乃南の身体に食込んで行くと、当初は暴れていた乃南の動きが徐々に鈍くなっていき、遂に止まる。
それでも、レフリーの『ギブアップ?』の問掛けには首を横に振る乃南であったが、徐々に意識が遠ざかり
気持ちが良くなっていくのを感じていた。
そして、乃南の耳に観客の声がまた聞こえ始めていた。
「やっぱり、タプレン最弱だな…」
「圭ちゃんが勝つと思っていたよ…」
「何が『タプレンジャーは負けない』だよ、笑っちゃうな…」
『…そうよ、『タプレンジャーは負けない』のよ! 何やってるの、タプブルー!』
アドレナリンの沸き立ちと共に、再度気持ちを奮い立たせた乃南は首を前に曲げ勢いを付けると、後頭部を圭の
顔面に叩き付けた。
「グッ!」
この一撃で圭が一瞬怯んだところで、乃南は圭を背負ったまま強引に立ち上がった。
喚声とブーイングの中、乃南はそのまま後方へ倒れ込み、圭を下敷きにする。
"ドッスーン!"
リングが揺れ、一瞬息が詰まった圭のスリーパーから乃南が脱出する。
「のなみん、少し休んで!」
早織から声が掛かるが、乃南はそれを無視して真っ青な顔色のまま圭に襲い掛かると、ストンピングを連発する。
『タプレンジャーは逃げない!』
乃南は心の中でそれを繰り返し、あくまでも真っ向勝負を挑む。
乃南は圭の髪の毛を掴み立たせると、そのボディに膝蹴りを叩き込む。
「グウッ!」
崩れ落ちそうになる圭を再度引き起こした乃南はもう一発膝蹴りを狙うが、圭のパンチが一瞬早く乃南のボディに
炸裂した。
「グエッ!」
今度は乃南が崩れ落ちる。
気持ちで闘っていた乃南であったが、やはり体力の消耗は大きかった。
圭は膝を乃南のボディに落とした後、引き起こすとボディスラムで叩き付けた。
再度乃南を引き起こした圭は、今度はコーナーへ振りポストへ叩き付ける。
"ドスーン!"
そして圭は右手を振り上げると、コーナーを背負う形になった乃南に串刺しラリアットを狙う。
目の前に迫ってくる圭の右腕を乃南は反射的に両腕でガードした。
その後は、乃南の身体が本人の意思とは殆ど関係無く自然に動いた。
ラリアットを打ってきた圭の右手を左手で抱え込むと、右手でラリアットを打ちながら、右足で大外狩りを決め、
圭をリングに叩き付けた。
"ドッカーーン!"
かつて自らがKOされたSTYいや、STN(スペース・トルネード・のなみん)であった。
ひとみにこの技でKOされたシーンは乃南の頭に焼き付いて、決して消える事は無かった。
寝ている時にも、夢の中で何度もこの技を食っては目覚めていた。
そしていつしか、身体がその技を覚えていたのであった。
「圭ちゃーーん!」
技を盗まれた形となったひとみを筆頭にモニプロ勢から悲鳴と声援が上がるが、圭は立つ事が出来ない。
『チャンス!』
ダメージの大きい乃南であるが、このチャンスを逃がす訳には行かなかった。
圭を引き摺り起こすと、カナディアン・バックブリーカーの態勢に担ぎ上げ、揺さぶりを掛ける。
その背骨の痛みで意識を戻した圭は何とか態勢を崩そうと暴れるが、乃南もそれを許さない。
「ファイアーーー!」
そして、乃南は叫びながら自らが前に倒れ、圭の脳天をリングに叩き付ける。
"ドッカーーーーーーーン!!!"
乃南の必殺サンダー・ファイアー・ボムで大の字となった圭に対し、乃南はコーナーポストを登り始める。
そして、最上段からフライングボディプレスで覆い被さる。
"ドッスーン!"
リングが揺れ、レフリーのカウントが入る。
「ワン、ツー、スリー」
"カーン"
「只今の試合は、フォールで多喜沢 乃南選手が勝ちました。続いての選手、リングに上がって下さい。」

勝った乃南も精魂尽き果てたか、圭の上からなかなか動く事が出来なかったのが、死闘を物語っていた。
意識を失ったまま担架で運ばれる圭をレフリーに手を上げられながら見送る乃南には、まだ勝利の実感が沸いて
いなかった。
「のなみん、ナイスファイト!」
次の試合に備えリングに上がった綾乃に声を掛けられ、ようやく乃南が我に帰る。
『私、勝ったんだ。私、保多さんに勝ったんだ!』
乃南は誇らしげな顔で観客に一通り手を振ると、リング下へ降りた。
その時、相変わらずのブーイングに混ざって拍手も送られていたのに、興奮状態の選手たちは気付く事は無かった。

そして、綾乃が睨む反対コーナーには圭織がゆっくりと上がってきた。

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