『頂上決戦−4』

次の試合に備えモニプロ側からリングに上がった圭織は鮮やかなブルーの水着を身に付け、反対コーナーの綾乃を
睨んでいた。
圭織にとって朝娘。は、栄光と共に屈辱の歴史でもあった。
彼女の横には、いや前には常に安部 なつみがいた。
僅か2日違いの誕生日で、同じ北海道出身。(同じ産院で産まれ、隣同士の保育器に入っていたという話さえ有る)
同じオーディションで同じ様に落選して、その後同じ様に呼び出されて朝娘。でのデビューと言う事で、お互いに
意識仕合わない事は有り得なかった。
しかし、その後の扱いは正に天と地程も違っていた。
常にメインボーカルを任され、グループの顔であり続けたなつみに対し、圭織はレコーディング時に急用や風邪が
重なるといった不運も有り、殆どソロパートを与えられることは無かった。
またトークでも可愛らしくソツの無いなつみに対し、大柄で一見考えている事が分かり辛く、しかも口を開くと
的外れな発言の多い圭織は本人の希望とは異なりボケ要員的な扱いであった。
圭織がグループ内での屈折した思いを晴らし、自分を存分に発揮出来たのは一つは岩黒 彩,弥口 真里と結成した
グループ内ユニット「コスモス」で有り、もう一つは地下リングであった。
ここでもまたなつみと同時デビューとなったが、一方的に敗れ続けるなつみとは異なり、168cmの長身を活かした
彼女の豪快なファイトは実力者としての評価を得た。
なつみとのタッグでは常に彼女を助ける役回りとなり、観客からの声援を受ける事は圭織の大きな喜びでもあった。
しかし、そんな圭織にも大きな転機が訪れた。
結成以来のリーダーであった裕子の卒業に伴い、新リーダーに大方の予想を裏切り彼女が任命されたのであった。
それまではむしろグループとは一線を引いていた圭織がその瞬間から変わり、後輩を育て、グループをまとめる事に
力を注ぎ出したのであった。
そしてそれは彼女自身が卒業し、リーダーを真里に引き継ぐまで続いた。
先日本体がタプレンジャーと闘う事が決まり、自分がそのメンバーから外れた時も彼女はくさる事無く後輩達の
トレーニングに手を貸し、当日も応援とアドバイスを送り続けた。
そして今日は、ついに自分が闘う事となった。
なつみの奇跡的な勝利を見た以上、絶対自分が負ける訳にはいかなかった。
そして、星を五分に戻して裕子に繋げる為にも勝たなければいけなかった。

レフリーが両者を中央に呼び寄せ、注意を行なうが、両者とも視線を逸らさず顔がくっ付き合うまで近付けて、
激しく睨み合う。
レフリーが両者をコーナーへ戻そうとするが、無視して睨み合う。
諦めたレフリーはそのまま試合開始のゴングを要請した。

「第四試合、芳川 綾乃 対 飯多 圭織を行ないます。」
"カーン"
ゴングにも関わらず尚も激しい睨み合いを続ける両者に対し、レフリーが「ファイト!」の声を掛ける。
その声を合図にしたかの様に、一歩バックステップを踏んだ綾乃が圭織の胸元にパンチを叩き込んだ。
"バチーン!"
その一撃にコーナーまで下がった圭織に対し突っ込んだ綾乃を待っていたのは、圭織の長い足であった。
"バシン!"
圭織のカウンターの前蹴りに、綾乃の突進が止まる。
そこへ圭織の前蹴りが連発で叩き込まれる。
"バシン! バシン! バシン!"
これには流石の綾乃もたまらずダウンする。
ダウンした綾乃に圭織が更にキックの追討ちを掛け、ボデイから胸元に掛けてを蹴りまくる。
キックを受けながらも立ち上がった綾乃が飛び込んでのパンチを狙うが、圭織はそれを上手く交わすと、距離を取る。
これまでの相手との実力の違いを感じた綾乃は大きく深呼吸して気合いを入れ直すと、ファイティングポーズを
しっかり取って、圭織と組合おうとする。
しかし圭織の方は、組合ってはパワーに圧倒される事が分かっているだけにそれを嫌い、前蹴りを使って距離を
保とうとする。
この膠着状態に、若い綾乃が焦れて強引に飛び込むが圭織はそれを横に交わすと、今度は綾乃のボディにミドル,
更に太ももにローキックを炸裂させる。
このコンビネーションに綾乃のバランスが崩れる。
そこへ再度ローキックが綺麗に命中すると、綾乃が再びダウンする。
数発キックで追討ちを掛けた圭織は、綾乃の後ろに回り込むと首筋に手を回し、チョークスリーパーを狙う。
しかし、ここは余力の有る綾乃がそれを許さず、逆に圭織の腕を捕えると強引に立ち上がった。
取った圭織の腕を絞り上げた綾乃はコーナーへ振ると見せかけ、その場ラリアットを首筋に叩き込んだ。
"バシーーン!"
大きな音と共にダウンした圭織を再度立たせた綾乃は、今度こそコーナーポストへ背中から叩き付ける。
"バシーン!"
態勢を低くした綾乃はコーナーにもたれる圭織に向かって走るとラリアットを狙うが、素早く繰り出された圭織の
前蹴りの再度餌食となった。
"バスン!"
その場にダウンした綾乃の足を取った圭織は足四の字固めを狙うが、綾乃も身体を反転させロープへ逃れる。
「プレイク!」
レフリーの声で両者が離れる。
接近戦を挑み前進する綾乃に対して、前蹴りで距離を取る圭織。
そして、綾乃が闘い難さに前進を止めた所で今度は圭織が前に出た。
前蹴りを上手く使いながら、綾乃をコーナーに追込む。
そしてコーナーを背にした綾乃の胸元にチョップを叩き込む。
"ピッシーン!"
綾乃の腕をロープに掛けようとした圭織であったが、綾乃もそれは許さない。
小さなパンチを圭織のボディに打込み動きを止めると、更に膝蹴りを叩き込む。
"ボスッ!"
そして体を入替えて圭織をコーナーに詰めると、お返しのチョップを叩き込む。
"ビッシーン!"
更に両手でセカンドロープを掴み、それを使ってのショルダータックルを圭織のボディに連発で叩き込むが、これは
ロープを使った攻撃という事で、レフリーのブレイクが入る。
ブレイクで一旦離れた綾乃であったが、次の瞬間横蹴りを圭織のボディに炸裂させる。
"ボスッ!"
「グエッ!」
ブレイクで油断していた圭織はこれをまともに食ってしまった。
観客のブーイングの中、込み上げる胃液の辛さに涙目となる圭織。
綾乃はお腹を押さえコーナーに崩れ落ちそうになる圭織を起こすと、頭上に高々とリフトアップする。
そして観客に充分にそのパワーをアピールした後、リング中央に背中から叩き付ける。
"ドッスーン!"
腰を押さえる圭織に素早く近寄った綾乃は、再び圭織を頭上にリフトアップすると今度はお腹を下にしたまま下へ
落とし、ボディを自らの膝に叩き付けた。
"ドスン!"
「グエーーー!」
このストマック・プロックで胃袋を強打した圭織は口から反吐を吐き出し、リング上をのたうち回る。
「かおりーん!」
モニプロ応援団からの悲鳴が上がる中、圭織の背中に乗った綾乃はその首筋に手を掛けキャメルクラッチの態勢を
取ると、そのまま圭織を身体を反り返らせる。
『ナッチが勝ったのに、アタシが負ける訳には…』
圭織は長い手足をバタつかせて、何とかキャメルクラッチの態勢を崩そうとする。
その甲斐有って徐々に態勢が崩れてきた。綾乃はキャメルを諦めると、今度はスリーパーを狙う。
しかしここは圭織もそれを許さず、ロープへ手を伸ばす。
「プレイク!」
レフリーの声に一旦離れる二人。
コーナーを背にゆっくり立ち上がった圭織に綾乃が襲い掛かるが、圭織もコーナーを背にしたまま何とか前蹴りを
出してそれを食い止める。
そして綾乃の突進が止まった瞬間、圭織が一歩踏み込むと後ろ回し蹴りを仕掛けた。
その蹴りが、圭織がグロッギー状態だと油断していた綾乃のボディに綺麗にヒットした。
"ボスッ!"
「グエッ!」
今度は綾乃がお腹を押さえて苦しむ番であった。
飛び込んだ圭織が綾乃のボディに膝蹴りを連発する。
"ドスッ!ドスッ!ドスッ!"
ダウンした綾乃の胴に圭織は足を巻き付けてボディシザースの体勢を取り、自らの体力回復も狙う。
しかし、長身の圭織の長い足でも綾乃のウェストには不充分なのか、足のグリップが甘く綾乃が強引に外すと、
足を捕えてエルボーを連発で落とす。
しかし圭織も自由な方の足で綾乃の後頭部へキックを入れる。
"ガスッ!"
これがタイミング良く決まり、綾乃がその場に崩れ落ちる。
それを見た圭織は一旦コーナーへ戻ると、呼吸を整え次の展開を考える。
綾乃も頭を振りながら立上がるとコーナーの圭織に視線を向ける。
ここでもこれまで同様、ゆっくりと距離を詰めようとする綾乃と、尚も前蹴りで距離を保とうとする圭織という構図は
変わらなかったが、両者ともダメージが大きく、特に圭織の蹴りのスピードが落ち、足も上がらなくなっているのは
観客からも明らかであった。
タイミングを見計らった綾乃が、コーナーの圭織にタックルを入れる。
"ドスッ!"
鈍い音と共に綾乃の肩が、圭織のボディに炸裂する。
綾乃はコーナーに崩れ落ちた圭織を起こすと、反対コーナーへ叩き付ける。
"ドッスーン!"
綾乃はコーナーの圭織目掛けて走り込みボディアタックを狙うが、圭織も両腕をロープに掛けるとジャンプし、
両足のキックを綾乃の胸元にカウンターで決める。
"バッシーン!"
タイミング良く決まったキックで、綾乃がリング中央でダウンする。
圭織は仰向けにダウンした綾乃の首筋にギロチンドロップを叩き込むと、素早くコーナーポストに登る。
「このヤロー!」
叫びながらのニードロップが綾乃の首筋に落とされる。
"ドスッ!"
大声援の中、圭織がフォールの体勢に入る。
「ワン、ツー、スリ…」
綾乃も寸前肩を上げて、スリーカウントは許さない。
『クソッ!』
圭織は綾乃を引き起こすと、コブラツイストの姿勢に入る。
『裕ちゃん,ナッチ、見ててよ。私は勝つからね!』
最後のスタミナを総て使うかの様に、綾乃の身体を捻り上げる圭織。
しかし、綾乃もレフリーの『ギブアップ?』の声には、首を横に振る。
『負けるもんか! 私は女優になるのよ! ジョニーズと共演するの!『タプレンジャーは負けない!』』
「ウォーーーーー!」
大声と共に気合いを入れた綾乃は、圭織を自分の腰に乗せる様にすると、大きく投げ飛ばす。
"ドスン!"
「ウワーーー!」
腰が痛む綾乃ではあったが、再度の大声で気合いを入れると仰向けとなった圭織のボディにヒップを落とす。
"ドッスーーン!"
「グエッ!」
それまでのダメージも有り、圭織の口から再び胃液が溢れ出す。
『チャンス!頑張れ、あっちん!』
綾乃は更に自ら気合いを入れると、圭織のボディの上から一旦ヒップを浮かし、ジャンプしてもう一度叩き付ける。
"ドッスーーーン!"
「グァーー…」
綾乃は動けない状態の圭織を強引に引き起こすと、頭の上に持ち上げデスバレーボムの体勢にしっかり固定する。
その状態から何とか逃れ様と暴れる圭織であったが、その動きは鈍く綾乃はそれを許さない。
綾乃は大きく深呼吸すると軽くジャンプをして側方へ倒れ込み、圭織の脳天をリングに叩きつける。
"ドッカーーーン!"
綾乃がそのままフォールの体勢に入る。
「ワン、ツー、スリー」
"カーン"
「只今の試合は、フォールで芳川 綾乃選手が勝ちました。続いての選手、リングに上がって下さい。」

この瞬間、タプレンジャーの3勝1敗となり勝越しが確定した。
しかし、両手を上げ観客に手を振りながらリングを降りた綾乃に代わって、真っ赤な水着でリングに上がった早織の
表情は気合いに燃えていた。
そして激しい目線を、KOされ担架で運ばれる圭織を心配そうに見詰める裕子に浴びせ掛けていた。

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