『ミス漫画人-2』

リング上では、康田 美沙子と背戸 早妃が両コーナーで軽く身体を動かしていた。
美沙子は23歳。ミス漫画人に選ばれた当時は目立たない存在だったが、犬と共演したサラ金のCMが好評で人気が
上昇した。京都出身らしいおっとりした雰囲気と、それに似合わぬ大胆な水着姿でも人気だったが、最近になって
恩人とも言える会社が不祥事を起こした影響でCMが流れなくなっており、また事務所内での後輩の突き上げも
有り、この大会での巻返しを狙っていた。

一方の早妃は現在20歳。キャブ系の事務所らしからぬ色白美形でバランスの良いスタイルの持ち主で期待度は
非常に高かったが、事務所分裂騒動に巻き込まれ社長側に付いたものの、期待度からすると仕事にはなかなか
恵まれない状況とも言えた。
現在は、更に仕事の幅を広げるべくドラマに出たり、事務所のフットサルチームでの活躍も有った。

「第一試合、康田 美沙子 対 背戸 早妃を行ないます。」
"カーン"

ゴングと共にリング中央へ進む二人。
黄色い比較的露出度が高めの水着を着た美沙子が 161cm 82-60-85、一方ブルー系のスポーツビキニの早妃は
161cm 83-58-87と体型的には非常に似通っており、一見大人しそうな雰囲気も共通していた。
観客の予想もほぼ互角であったが、どちらが勝っても次に当たる真悠子には勝てそうにないとも思われていた。
しかし、まずリング中央で組み合って驚いたのは美沙子であった。
"エッ!"
押し込もうとした美沙子であったが、早妃は全く動かない。その力強さは、過去数戦闘った経験の有る美沙子が
アイドル相手では全く体験した事の無い物であった。
"そんな、嘘でしょっ!"
それでも、美沙子は早妃を強引にコーナーへ押し込もうとする。
コーナー方向へ下がった早妃であったが、スッと身体を入れ替えると逆に美沙子の背中をコーナーに叩き付ける。
"ドスーーン!"
背中に衝撃を受け、一瞬息が詰まる美沙子。しかし、その精神的な衝撃はその数倍も大きかった。
一方の早妃はリング中央へ戻ると、何事も無かったの様なクールな表情でファイティングポーズを取る。
"そんな筈は無いっ!"
体勢を立て直した美沙子は再び早妃と組合う。
しかし次の瞬間、美沙子の身体は仰向けにリングに叩き付けられていた。
"ドッスーン!"
驚愕を隠し切れない美沙子と、それを尚もクールに見下ろす早妃。
慌てて立ち上がった美沙子は、その不安感を振り払おうとばかりにキック,パンチを仕掛けるが、早妃はそれを
巧みに交わし、或いは確実にガードし、全くダメージを受ける事は無かった。
そして早妃は、手を出す事無く逆に美沙子に徐々に圧力を掛けコーナーに追い込む。
"クソッ!"
美沙子が追い込まれまいと一歩踏み込んだ瞬間、早妃のローキックが一閃して、美沙子の左足を捕えた。
"バッシーーーン!"
鋭い音と共に、美沙子がその場で尻餅を付いた。
「アーーーーーー!」
蹴られた左足の太ももを押さえ、泣き叫ぶ美沙子。その一撃は、これまた過去に経験の無い強烈さであった。
一方の早妃は、リング中央に戻ると相変わらずのクールな表情でファイティングポーズを取る。
そのあまりにも明らかな実力差に、観客達もザワツキ始めていた。
『みしゃこが弱いのか?』
『違う、サッキーが滅茶苦茶に強いんだよ!』
『でも、何であんなに強いんだ?』
『フットサルの練習のせいか?』
『いや、明らかに格闘技のトレーニングを積んでいる!』
『何時、何の為にそんな事を!?』
観客達は知らなかった。
かつて早妃がこのリングに立ち、古池 栄子,渡辺 麻由と協力して巨漢レスラー嵐死を倒し、自らのそしてかつて
組んでいたユニットリーダー、武内 実生のリベンジを果たしていた事を。
そしてそのリベンジマッチの前に、まさに死に物狂いのトレーニングを積んでいた事を。
あまりにも衝撃的な試合であり、またその後起こった事務所トラブルの影響で麻由がこの世界を去り、栄子とも
袂を分かってしまった事も有って、早妃はリングを避けていた。
(敗れた嵐死に取ってもまた大きなショックであり、以降地下リングへの登場を避けると共に、恐怖心を誤魔化す為
 先日摘発された覚醒剤を使う様になったと言われている。)
しかし、幸か不幸か再びオファーがやってきてしまった。
悩んだ早妃であったが、参加が拒否出来ない以上優勝を目指し闘う決意をした。
以前の様に阪田 亘の元で、とは行かなかったが、彼からその時学んだ事を思い出しトレーニングを積んだ。
早妃にとって美沙子との試合は、リングの感覚を取り戻す為の恰好のウォーミングアップでしかなかった。
左足を押さえ、涙目になりながら起き上がった美沙子に早妃が近寄る。
恐怖感から極端にガードを固めた美沙子であったが、そのガードの上から早妃のミドルキックが炸裂する。
"バシッ!"
"バシッ!"
そして、そのキックの威力にバランスを崩した美沙子の左足に再度早妃のローが入った。
"バシッ!"
「アッ………」
声にならぬ声を上げ、美沙子が再びその場に座り込む。
かつて、嵐死にさえ大きなダメージを与えたローキックである。
美沙子の鍛えられていない細い足では、まさに一溜まりも無かった。
座り込んだ状態の美沙子に、容赦無く早妃のキックが襲い掛かる。
"バシッ! バシッ! バシッ!"
両腕で必死にガードする美沙子であったが、早妃のキックはその腕をも破壊しつつあった。
"バシッ! バシッ! バシッ!"
その両腕は痛みから徐々に感覚が無くなって行く。
遂にガードしきれず、美沙子の変色した両腕が下に垂れ下がる。
そのままキックで止めを刺すかと思われた早妃であったが、美沙子の髪の毛を持って立たせるとボディスラムで
叩き付ける。
"ドッスーーン!"
腕の自由が効かず、受身を取れない美沙子にそのまま早妃が覆い被さる。
「ワン、ツー、ス…」
意地だけで肩を上げた美沙子に大きな拍手が起こるが、その目は死んでおり、戦闘意欲は完全に失われていた。
早妃は再び美沙子の髪を持って引き起こすと、その身体を肩車の体勢に担ぎ上げる。
そしてブリッジの要領で、身体を後方に反らし美沙子の身体をリングに叩き付ける。
"ドッスーーン!"
その綺麗なブロックバスターに観客からの歓声が起こるが、早妃はそれに応える事も無く体勢を素早く入れ替えると、
美沙子の左腕を逆ひしぎ腕十字に捕えた。
"ギャーーーーーー!!!"
会場に、普段はおっとりとして大人しい美沙子の絶叫が響き渡る。
叫ぶだけで、「ギブアップ」の表示が出来ぬ美沙子に替わって、レフリーがゴングを要請した。

"カーン"
「只今の試合は、レフリーストップで背戸 早妃選手が勝ちました。続いての選手、リングに上がって下さい。」

殆ど汗もかかず、相変わらず何事も無かった様なクールな表情の早妃であったが、レフリーに右手を上げられると
ようやくアイドルらしい笑顔となり、観客を見渡す。
しかし、早妃の予想外のしかもケタ外れの強さを見せ付けられた観客達は歓声を送る事も忘れ、静まり返っていた。
早妃は、左腕を押さえたまま担架に乗せられようとしている美沙子の元へ近寄り、試合の健闘を称えようとする。
しかし早妃の姿を認めた美沙子は、試合の恐怖を思い出したのかパニック状態を起こしてしまった。
「イヤーーー! 来ないでーーーー! 助けてーーー!」
担架から逃げだしそうになりながら泣き叫ぶ美沙子の姿に、早妃は苦笑を浮かべると背中を向けリングを降りる。
花道を通り控え室へ戻る早妃に、ようやく観客からの拍手と歓声が少しずつ浴びせられる。

その早妃を鋭い視線で睨む人物が二人いた。
一人は早妃と入れ違いにリングに上がる山咲 真実,そしてもう一人はこの後二回戦で早妃と対戦することとなる
岩浅 真悠子であった。

リングに上がった真実の姿に観客からの大歓声が起こった。
何と、白をベースとしたグラビア用超ビキニでのリングインだったのである。
真実は現在20歳。公称は169cであるが、他のアイドルとの比較から170cmは優に有ると思われる長身に84-59-87と
バランスの取れたスタイルに加え、学生時代に新体操で鍛えた身体のバネと柔軟性から今大会の優勝候補と
見られていた。
軽くジャンプをしたり、ストレッチでウォーミングアップする真実の動きだけでも、そのアスリートとしての質の
高さが覗えた。
超ビキニ姿のままトップロープに軽々と足を掛けたり、180度の開脚を楽々と行なう真実の姿に観客はアスリートと
アイドルと二重の意味で見とれていた。

一方のコーナーには、ピンクのスポーツビキニを身に付けた中河 翔子が上がっていた。
翔子は真実と同い年の現在20歳である。
グラビアアイドルとしては今一つの状況だったが、ネット上の日記,所謂「ブログ」での丁寧で的確な書き込みと
その文章の面白さ,イラストの上手さが評判を呼び「ブログの女王 "しょこたん"」として大人気者となった。
試合前日など、声援の書込みが集中し、サーバーがダウン寸前となっていたらしい。
またそうなるとTVや雑誌も放っておかず、現在はバラエティやグラビアでも引っ張りだことなっていた。

両者がレフリーに呼ばれ、簡単な注意が与えられる。
翔子も158cmで 84-58-84と決して小柄では無いのだが、真実と比べると明らかに一回りの違いがあった。
場内からは判官贔屓も有るのか、大きな「しょこたん」コールが起こる。

そのコールの中、翔子がマイクを取った。
「真実ちゃん! あなたの格好は何?! 地下リングを舐めているんじゃないの!」
真実も呼応する。
「舐めてるかどうか、闘えば分かるわよ。 しょこたん、あなたに私の身体は触らせないわよ!」
その真実の発言に観客からのブーイングが起こり、「しょこたん」コールが一層大きくなる。

「第二試合、中河 翔子 対 山咲 真実を行ないます。」
"カーン"

観客のコールを全身に受け、飛び込もうとする翔子だったが頭上に気配を感じ慌ててバックステップを踏む。
"ヒューーン!         ドォーン!"
後退した翔子の鼻先を、真実のカカトがかすめて通っていった。
真実のカカト落としが、翔子の遥か頭上から降ってきたのであった。
何とかこの奇襲は交わした翔子に対し、真実のハイキックが襲い掛かる。
"バシン! バシン!"
顔面目掛けて連発される鋭いキックを必死にガードする翔子の意識が上半身に集中した所に、真実はローキックを
打込んだ。
"ビシッ!"
前の試合での早妃のキックを思い起こさせる一撃に、翔子のバランスが崩れる。
そこへ今度は真実のミドルが飛んできて、翔子のボディに突き刺さる。
"ボスッ…!"
「グプッ…」
ちょうど、ビキニの為に剥き出しになった胃袋の辺りに重いキックを貰った翔子は、その一発だけでうつ伏せに
ダウンし、口からは反吐を吐き出した。
「ワン、ツー、スリー…」
レフリーのKOカウントが開始され、翔子はテン寸前に辛うじて立ち上がる。
そこへ真実が襲い掛かり、上から降ってくる様なハイキックを叩き込む。
"バシーーン!"
腕で必死にガードした翔子であったが、ガード毎吹っ飛ばされ再度ダウンする。
「ワン、ツー、スリー…」
会場の「しょこたん」コールに応える様に、今回もテン寸前に立ち上がった翔子に対し真実はローを連発すると、
止めとばかりに再度ミドルをそのボディに打込んだ。
"ボスッ…!"
「グエッ!」
ボディを再び蹴られ胃液を吐きながらまさに地獄の苦しみにのたうち回る翔子であったが、それでも三度テン寸前に
立ち上がる。
その敢闘精神に会場から大きな拍手が起こられるが、一方の真実は余裕の表情で観客に片手を上げアピールする。
「トドメだーー!」
大きく叫んだ真実が走り出したが、その方向は翔子の斜め横のコーナーポストに向かってであった。
呆気に取られる観客の視線を他所に、コーナーポストに直接飛び乗った真実は方向転換すると、振り向いた翔子の
胸元にジャンプしての前蹴りを叩き込む。
"バッシーーーーーン!"
"ドォーーン!    ガツン!"
その威力に翔子の身体は場外まで吹っ飛び、その反動で床に頭を打ったのかそのまま動かなくなる。
レフリーが翔子の様子を見に場外まで降り、完全に失神している事を確認しゴングを要請した。

"カーン"
「只今の試合は、レフリーストップで山咲 真実選手が勝ちました。続いての選手、リングに上がって下さい。」

場外から担架で運ばれる翔子を尻目に、予告通り翔子に身体を触らせる事も無く圧勝した真実は、場外から上がって
きたレフリーに手を上げられると満面の笑みで観客を見渡す。
更に真実はアンディ・フグ張りに四方へカカト落としを見せてアピールし、大歓声の中控え室へ戻って行く。

それを見詰める二回戦の対戦相手、小坂 由佳の頭の中はもはや絶望感で一杯であった。
"強いとは思ってたけど、あそこまでとは… どうすれば良いの…?"

そしてリングには、夏芽 理緒と時藤 ぁみが上がろうとしていた。

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