『ミス漫画人-8』

決勝戦の舞台へ、まずは黒のスポーツビキニを身に着けた背戸 早妃が向かった。
リングに上がった早妃は相変わらずクールな表情のまま、観客の声援に手を振り身体を軽く動かす。
続いて反対側の花道からは、ピンクのスポーツビキニの桜怜がリングに上がった。
リングに上がった桜怜がこの大会で初めてマイクを取った。
観客に一礼すると、大きな声でアピールする。
「タプレンジャーは逃げない!」
「タプレンジャーは諦めない!」
「タプレンジャーは負けない!」
「肉体こそ真の凶器!」
今大会では、ここまで敢えて封印していた「タプレンジャーの誓い」を口にする桜怜。
その思いの中には、事務所からの契約打ち切りを伝えられ、この試合が地下リング最後の試合、つまりは
タプレンジャーとして最後の試合になるかもしれないという思いが有った。
その桜怜の並々ならぬ思いを感じた早妃もマイクを取った。
「実生ちゃん、麻由ちゃん、栄子ちゃん、見てて、私は絶対勝つからね!」
芸能界を去った、或いは袂を別ったかつての戦友達の名前を口にすることで自らの気合いを高める。
レフリーに呼ばれリング中央で向かい合う二人。
身長では僅かに早妃が上回るが、身体の厚みでは桜怜が圧倒している。
そして、激しい視線を浴びせる桜怜とは対照的に、早妃は冷静さを取り戻していた。

「ミス漫画人最強決定トーナメント決勝戦、背戸 早妃 対 原多 桜怜を行ないます。」
"カーン"

まず飛び出したのは桜怜であった。
最後になるかもしれない試合に、自分らしい積極的で思いきりの良いファイトを蘇らせようとし、また
スタミナへの不安から短期決戦を狙った物でもあった。
身体を低くすると早妃のボディにタックルを入れ、そのまま早妃の身体をパワーでコーナーまで押し戻し、
ポストに叩き付ける。
"ドッスーーン!"
大きな音と共にリングが揺れ、ポストと桜怜の身体にサンドイッチにされた早妃がその場にダウンする。
ダウンした早妃に対し、上からのキックを連発する桜怜。
桜怜は早妃を立たせるとその両腕を外側から挟み込み、相撲で言う「かんぬき」に極める。
そしてその態勢で両腕に力を込め、早妃の腕を殺しに掛かる。
何とか腕を抜こうとする早妃であったが、桜怜の太い腕に挟み付けられ動きが取れない。
これまでの相手とは違う段違いのパワーに早妃も驚きを隠せず、表情に焦りの色が浮かぶ。
腕が抜けないと見た早妃はローキックで桜怜のバランスを崩そうと狙うが、桜怜も身体を出来るだけ
密着させそれを許さない。
一見膠着状態とも見える態勢であるが、徐々に早妃の腕にダメージが蓄積され、スタミナが奪われる。
桜怜が腕に更に力を込めると、早妃の身体がわずかに浮き上がる。
その態勢から桜怜は前進し、再度早妃の背中をコーナーポストに叩き付ける。
"ドッスーーン!"
再び、大きな音と共にリングが揺れる。
尚も桜怜はかんぬきを外さず、早妃の身体を横に振る様にしてリングに叩き付ける。
"ドッスーーン!"
投げ飛ばした早妃の上に素早く乗った桜怜は、腕と首を取ると得意の袈裟固めの態勢に入る。
桜怜は、早妃の身体に体重を掛け腕を更に殺すと共に、スタミナを奪おうとする。
下になった早妃は唯一自由な下半身をバタバタして態勢を崩そうとするが、桜怜も上半身をしっかりと固め
それは許さない。
しかし、早妃も暴れながら徐々にロープに近付き、足をロープへ何とか伸ばす。
「プレイク!」
レフリーの制止が掛かるが、桜怜は袈裟固めの態勢を崩そうとしない。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
レフリーの反則カウントギリギリにようやく技を解いた桜怜に対し、観客からのブーイングが飛ぶ。
桜怜はブーイングを受けながらも、早妃を引き摺り起こすとボディスラムで叩き付ける。
そして再び袈裟固めの態勢を狙うが、ここは早妃も素早く体を反転させ逃れる。
ならばと桜怜は早妃の背中に乗りキャメル・クラッチを狙うが、早妃はアゴを引きそれを許さない。
膠着状態が続いたが、桜怜はキャメルを諦めると立ち上がりヒップを早妃の背中に落とす。
"ドスッ!"
「グエッ!」
思わず、早妃の口から声が漏れる。
桜怜は早妃を立たせると再度ボディスラムで叩き付け、今度はジャンプしてのヒップ・ドロップを狙う。
しかし、これは早妃が寸前身体を回転させて逃れ、桜怜のヒップは空しくリングに叩き付けられた。
"ドスーーン!"
「痛っ!」
一人アトミック・ドロップとなった桜怜がヒップを押さえる隙に、早妃は場外へエスケープし呼吸を整える。
リング上の桜怜が早妃を見付け場外へ追うが、早妃はリングを半周すると素早くリングに戻る。
桜怜もそれを追ってゆっくりとリングに戻り、早妃と向かい合う。
まだダメージから回復していない早妃は、格闘スタイルでガッチリとガードを固める。
一方、休まず攻めたい桜怜は嘗底を出しながら前進するが、早妃はガードを固めたまま時折ローキックを
見せながら横へ回り込む。
早妃のローキックが桜怜の右太ももにダメージを与えるが、それに構わず前進する桜怜の嘗底が早妃の
ガードの上から叩き込まれ、そのパワーに早妃がバランスを崩す。
そのチャンスに飛び込んだ桜怜がタックルを決めながら、早妃をコーナーポストへ叩き付ける。
"ドスーーン!"
そして今度は早妃の細いウェストに両手を回すと、ベア・ハッグの態勢を取り早妃の腰を狙う。
「背戸,ギブアップ?」
レフリーの問い掛けに首を大きく横に振った早妃は桜怜の脳天にチョップを叩き込んで、ベア・ハッグからの
エスケープを狙う。
桜怜も早妃のチョップを耐え、ベア・ハッグの態勢で絞り上げる。
「痛っ!」
突然、桜怜が叫びベアハッグの態勢が崩れる。
早妃の苦し紛れのチョップが手元が狂い、偶然桜怜の耳を直撃したのであった。
この偶然の一撃でなんとか逃れた早妃であったが、ダメージが大きく立つことが出来ない。
耳を押さえながら近寄ってくる桜怜に対し、早妃はダウンしたまま下からのキックで牽制する。
そして早妃のキックが一発タイミング良く桜怜の太ももに入り、一瞬桜怜の動きが止まる。
その隙に、早妃は転がる様に再度場外へエスケープする。
桜怜の圧倒的パワーに押され調子を掴めない早妃は、再度態勢を整える。
一方の桜怜もリング内で呼吸を整え、早妃が上がってくるのを待つ。
ゆっくりとリングに上がってきた早妃に桜怜が突進する。
しかし、ここは読んでいた早妃がタイミング良くローを桜怜の太ももにヒットさせる。
早妃は桜怜の下半身をまず崩そうと、両足からのキックを桜怜の右太ももに内外から炸裂させる。
桜怜はそれに構わず前進すると、張り手を早妃の顔面に叩き込む。
この一撃で早妃のバランスが崩れた隙に桜怜が飛び込み、ヘッドロックから首投げで早妃をダウンさせる。
そのまま上になり再度の袈裟固めを狙う桜怜であったが、早妃はタイミング良く首を抜くと素早く桜怜の
足元に回り込み右足を取り、アキレス腱固めに取る。
脚を極められた桜怜であったが、上半身のパワーだけで身体をロープまで移動させる。
「プレイク!」
その声に素早く立ち上がった早妃が、桜怜の太もも辺りにキックを連発する。
更に早妃は桜怜の右足を取ると、ステップ・オーバー・トーホールドの態勢を取る。
早妃は桜怜の足を攻めると同時に呼吸を整え、スタミナの回復を図る。
一方の桜怜は二試合目という事で、前の試合の疲労とこの試合での攻め疲れが加わり、懸念されたスタミナが
徐々に切れてきていた。
何とか足へのダメージを避ける為、下からのキックで技を崩したい桜怜であったが、なかなか逃れることが
出来ない。
充分に呼吸を整えた早妃は、足首を掴んだままトーホールドの態勢を崩すと桜怜の太ももに対し再度キックを
連発する。
そのキックにより、桜怜の太ももが徐々に赤く変色する。
早妃は今度は桜怜の足を折り畳むとフロントからのインディアン・デスロックに捕らえ、足へのダメージを
更に蓄積させると同時に、自らのスタミナとダメージの回復を図る。。
足へのこれ以上のダメージを避けたい桜怜は上半身のパワーでロープブレイクを狙うが、早妃も上体に力を
入れ簡単にはブレイクを許さない。
それでもパワーで上回る桜怜がロープブレイクに成功し技が解かれたが、素早く立ち上がった早妃がまたまた
桜怜の足にキックを連発し、その太ももを更に変色させる。
桜怜の足を取った早妃は四の字固めを狙うが、桜怜も身体を回転させてそれを許さない。
両者がそのままもつれ合う様に場外へ転落する。
ここでも一足早く立ち上がったのは早妃であった。
なかなか立ち上がれない桜怜の足にここでもキックを連発すると、リングへ上がり両手を上げて観客に
アピールする。
しかし観客達は、これまで無敵を誇ってきた桜怜をも圧倒する早妃の底知れぬ強さに呆れたのか、喚声は
まばらであった。
その中を転がり込む様にして、桜怜がリングに上がってきた。
足のダメージでなかなか立ち上がれない桜怜に対し、早妃は焦る事無く様子を見詰める。
ようやく立ち上がった桜怜だが、その右足太ももは赤から青く変色しており明らかに引き摺っている。
しかし、その目はまだまだ死んではいない。
様子を見ながらゆっくりと近付いて来た早妃に対し、桜怜が先に動いた。
一歩踏み込み距離を詰めると早妃の胸元にチョップを叩き込み、更に痛む右足で早妃のボディを蹴り上げる。
この予想外の桜怜の反撃に早妃が前のめりにダウンする。
足を引き摺りながらも早妃の後ろに回り込んだ桜怜は、スリーパーを狙う。
早妃は身体を反転させてそのスリーパーを防ぐが、正対した早妃に対し桜怜は体重を掛けて押し潰す。
更に桜怜はダウンした早妃の上に乗ると上四方固めの態勢を取って、自らの巨乳を早妃の顔面に押し付け、
窒息攻撃も同時に狙う。
「ワン、ツー…」
レフリーのカウントに慌てて肩を上げた早妃は、全身をバタつかせて桜怜の下から逃れようとする。
暫らく暴れている内に桜怜の上四方が崩れ、早妃が桜怜の下から脱出する。
しかしこの窒息攻めが効いたのか、早妃も肩で大きく息をして表情からは余裕が消えている。
ここをチャンスと攻め込む桜怜は、早妃をコーナーに押し込むと胸元に水平チョップを叩き込む。
"パッシーーン!"
更にそのボディに膝を叩き込み、早妃の身体が前のめりになった所をフロントネックに捕らえると、そのまま
DDTで早妃の脳天をリングに叩き付ける。
"ドスーーン!"
そのまま桜怜がフォールを狙う。
「ワン、ツー、ス…」
しかし、スリーカウント前に早妃が肩を上げる。
"やっぱり、普通の技では無理か…"
意を決した桜怜は、早妃を立たせると再度フロントネックの態勢を取った。
そして早妃の身体を持ち上げ、必殺垂直落下式DDTを狙う。
"まずい!"
流石にこれを喰らっては負けると直感した早妃は空中で身体を動かし、桜怜のバランスを崩そうとする。
その動きに、ダメージを受けていた桜怜の右足が耐え切れなかった。
桜怜の態勢が崩れ、早妃の身体が上となって重ね餅になる。
"ドスーーン!"
上となった早妃がいち早く立ち上がり、桜怜の右腕を取ると逆十字を極める。
「ギャーーー!」
完璧に極まった逆十字に桜怜が悲鳴を上げるが、レフリーの「ギブアップ?」には、首を横に振る。
"タプレンジャーは諦めない! 絶対に、ギブアップしない!"
ギブアップを取る事を諦めた早妃は一旦技を解く。
そして余裕を持ったら危険と考える早妃は、素早く次の技に移行する。
桜怜の首と左腕を取ると三角絞めで、締め上げる。
"タプレンジャーは負けない…"
意地だけで何とか逃げようとする桜怜であったが、腕や足へダメージが大きく身体が動かない。
暫らくして目を閉じ動かなくなった桜怜の状態を、レフリーが確認する。

"カーン"
「只今の試合は、レフリーストップで背戸 早妃選手が勝ちました。
 従いまして、今大会の優勝は背戸選手となります。」

レフリーに手を上げられ、ようやくアイドルらしい満面の笑みを見せる早妃に対し、観客からも大きな歓声と
拍手が送られる。
一方その足元では完全に意識を失った桜怜に対し、応急治療が続けられていた。
その甲斐有ってようやく意識を取り戻した桜怜が見た物は、両手を上げ観客からの歓声に応える早妃の姿で
あった。
その姿に自らの敗戦を認めた桜怜の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
その桜怜の姿に気付いた早妃が桜怜に握手を求め、お互いの健闘を称え合う。
大きな拍手の中、担架に乗せられた桜怜に早妃が付き添い、リングから引上げて行く。

大会は成功裏に終わったと思われたが、新たな闘いがそこからまた始まろうとしていた。

−「ミス漫画人」完−

inserted by FC2 system