「死闘!洋上デスマッチ」

 

山谷 薫はオールジャパン女子プロレスに入団して3年目の選手だった。

小柄ながらバストもヒップも魅力的で、実力的にも申し分なかったので、男性ファンのみならず女性ファンからも多くの支持をうけていた。

団体内では、後輩から慕われ一部の先輩からも可愛がられていたが、それを好く思っていないのは殆どの先輩とフロント陣、コミッショナーだった。

なぜなら、彼女はフロントに「水着以外のコスチュームの着用の許可」を求め始めたのだ。しかし水着での試合も女子プロレスの魅力と唱えるフロント側の返事は「NO」だった。

だが、そんなフロントに反発するように、ある日、Tシャツに膝までのジーンズという姿でリングにあがり、その上試合に勝つことで、女性ファンにとって「かっこいいレスラー1位」との支持を得るほどになった。

その為、水着での試合に多少の抵抗を感じていた後輩や一部の先輩等が賛同し、同じように水着以外のコスチュームを着始めたのだ。更にプロレスに興味の無いアイドルファンが新人レスラーのルックスだけを求めて支持し始めた。

その結果、レスラーも人気集めの為に馴れ合いやお笑いの試合に走るようになり、そんな試合が続くにつれて今までの常連客が去りつつあった。

このまま放っておいては女子プロレスの低迷を招くと危機を感じたフロント陣は、薫に「デスマッチ」を命令した。条件としては、薫が勝てば団体の方針を好きにしてよい、負ければ従来通り水着を着用しての真剣なプロレスに従うということだった。薫が

「どんな形式ですか?有刺鉄線とか爆破とかは嫌ですよ。」

と尋ねると

「安心しろ、ちゃんとロープに囲まれたリングだ。エスケープも出来る。」

との答えだった。

「試合は明日だ。相手は他団体から呼ぶ者なのでファイトマネーが高くてな。

 その上少々高値の会場を用意したので、明日はお前の試合だけの特別マッチ

 だ。まあ、良い試合を期待しているぞ。」

「・・・わかりました。その約束忘れないで下さいね!」

他のレスラー達も後でその事を知らされた。みな口々に

「危なくなったら援護に行きますからね!」

「デスマッチなら、反則もOKですよね。鉄パイプとか凶器用意しときます。」

「それよか、エスケープ出来るってことはリング下に出れるんだろ?場外戦に持ち込んだらみんなでボコボコにしてやるよ!」

 

翌日、会場の準備に向かう時に薫は、試合に先立っての約束を書面化したので署名をするようにと呼び止められ、他のレスラー達は先に出発した。

そしてようやく試合会場に案内された。だがそこは「港」であり、一艘のボートが待っていた。

「どういうことですか?」

薫が尋ねると、コミッショナーが答えた。

「今回のリングは海上に設置された特別製のリングだ。つまりお前はこのボートに乗ってリングインするのだ。」

それを聞いて薫がイメージしたのは、昔バラエティ番組でやっていた企画のように水上に浮かべたリングで落としあいをするような試合だった。

「そういうことですか。よかった、水着にして。」

「ほう、どういう風の吹き回しかな?お前が自ら水着を着るなんて。」

「だって、私が勝って今までの女子プロレスじゃなくなるんだから。せめてものファンサービスです。」

そういうと薫はボートに乗り、リングに向かった。

「フフ、この試合ではそんな水着程度ではサービスにならんよ。」

薫のボートを見送り、コミッショナーは別の客船に乗り観覧席に向かった。

 

ボートに乗ること40分余り、まだリングには着かない。薫が槽舵手に

「ねえ!方向間違ってない!?」

と尋ねると、無言のまま前方を指した。その先のまだ少し遠くに2隻の大型客船が間を空けて停泊していた。近づくにつれて、その間にリングらしきものが浮いているのが見えてきた。間近まで着いた時、それはハッキリと見えた。

2隻の客船の間には鈍く光る太いワイヤーが何本も渡されていて、その上に正方形の金網が設置してある。その金網の4角にはポールが立てられ、確かに3本のロープが張られている。海面から10m以上はあるであろうリングからは1本の縄梯子が垂らされていた。

「あの梯子を上れ。」

「・・・あ・・・あんな所で試合しろっていうの!?」

「エスケープ出来るって聞かされてただろ?嫌になりゃあのワイヤーを伝って客船まで逃げるなり、海に飛び込むなりすりゃいい話さ。」

そういわれて薫が縄梯子を上り始めると、即座にボートは遠くへ去って行った。

一段ずつ梯子を上っていくにつれて、リング上にいる対戦相手と両側の客船で見物している観客、そして何かを叫んで伝えようとしている仲間のレスラー達が見えてきた。

マットの代わりに金網が敷いたリング・・・。

そして、ようやくリングに辿り着いた薫が見た対戦相手は、身長170cmを越えるであろう、殺気や狂気とは違うただならぬ不気味さを放つ女だった。

その時、リングアナがコールを始めた。

「赤コーナー、ただいま人気集中の新感覚レスラー、山谷薫~!!」

薫は紫のワンピース水着姿を両側の客船にいる観客達に見せ付けた。

「(こんな姿も今日で見納めよ。)」

「青コーナー、今日のこの試合の為に地下プロレスから招待したレスラー、

デビュー以来13戦全勝、しかも9人は再起不能、4人はリング上で殺害したというまさに地獄の使者、ミス・モンスター!!」

薫の身長は150cm足らず、対するモンスターは170cmは越えている。デブという程ではないもが、胸やヒップ、太もも部分はかなり肉厚である。何よりも無表情で視点がどこを見ているのか分からない、生気を感じないのだ。あまりの不気味さに、薫は既にエスケープする方法を考えていた。

「(適当にやりあってから、さっきの縄梯子で下りればいいか。)」

その時ルールの解説が行われた。

「この試合は、時間無制限です!そして相手を倒すためなら全ての行為が認められます。決着は10カウントKOまたは相手をリングの外・即ち海に落とした方の勝ちとします。また、自らエスケープした場合は試合放棄とみなし負けとなります!」

そのルール説明にコミッショナーの思惑を知った薫。

「(私の考えの先を読んでいたつもりね。だったら、手段を選ばず相手を倒すまでよ!)」

大きな客船とはいえ風や波に少なからず揺れる。その度、時々リングも揺れて

足元が安定し辛い。

カーーーン!!!

死闘のゴングが鳴らされた。モンスターはゆっくり歩み出るも構えてもいない。薫は先手必勝とばかりに、モンスターの喉元につま先でのドロップキックを放った。

キックはまともにモンスターの喉元に突き刺さるようにヒットした。

「フフ、この一発でもう動けないでしょ・・・」

薫が余裕の表情で振り返ると、全くダメージを受けていないようにモンスターが立っていた!喉元には明らかにキックの痕が残っている。しかしモンスターは全く動じていなかったのだ!

「な・・・なに?なんなのこいつ!?」

そう思うと薫はモンスターの腹部目掛けて頭突きを打ち込む!だが、やはり全く痛みを感じていない。股間目掛けてパンチを打ち込んでも何一つ効かない。その時、視点の定まらなかったモンスターの目が薫にハッキリと向けられた!

そしてスローな動きで髪を掴んで、20cm程身長差のある薫を自分の目線まで吊り上げると、強烈な頭突きを何発も放った!

ブチブチブチ・・・!!!!

頭突きを10発くらい受ける頃には、ミチコに掴まれた髪は音を立てて抜け、薫は額からおびただしい血を飛び散らせながら金網の床に吹っ飛ばされた。

「・・・に・・・逃げなきゃ・・・殺される・・・」

必死で縄梯子の掛けてあった所へ這っていく薫。しかし、すでに縄梯子は切り落とされていた。

「!?・・・だったら、海に飛び込んででも・・・。負けでもいいわ、こんな団体辞めてやる!!」

薫がそう思ったとき、モンスターに足首を摑まれリングの中央に引き戻された。

「いやーーーーーーーー!!」

引きずられると胸や腹部が金網に擦り付けられて水着が擦り切れ、またそこから血がにじみ出る。早くも戦意を失い、立ち上がろうとしない薫だが今度は頭突きで出血した額を、まるでおろし金で大根を摩り下ろすように金網に何度もこすりつけられた。激しく流れる鮮血は金網から海面へとポタポタ落ちていく。次にモンスターは薫の左足を踏みつけ、右足を強烈な力で引き上げて股裂きを始めた。

「ああああああーーーーーーー!!!いやーーーーーーー!!!!!!」

あまりの激痛に泣き叫ぶ薫。股はもはやあり得ない程の角度まで裂かれていた。

しかも踏みつけられている左足からも血が流れ出す。モンスターのシューズの底は野球用のスパイクのような鉄の滑り止めがついていたのだ。

その光景を見てコミッショナーは、ボディーガードの男達に笑いながら語った。

「あのモンスターってやつはな、生まれた時から地下プロレスにいたんだよ。男対女の試合で犯された女が相手の男を殺して勝ったあと妊娠して、生み落としたのがあいつなんだとよ。だからリングは相手を殺す場所って覚えてるわけさ。」

「では、まともな教育は受けていない・・・と」

「それだけじゃない。おそらく生まれながら体質か神経に問題があったんだろうが、あいつは全く痛みを感じないそうだ。だから『モンスター』なんだよ」

もはや薫の両脚は一直線になるほど裂かれている。あまりの激痛に薫は気を失いかけていた。すると、モンスターは股裂きを止めて、しばし様子をみている。

薫は股間を押さえてうずくまっている。すると今度は薫の背中を皮を剥ぐかのように掻き毟った。

「うあああああああーーーーーーー!!!!!!!」

そして薫の背中を金網の押し付けるように踏みつけるモンスター。背中から海面にポタポタと鮮血が流れ落ちる。

「お・・・お願い・・・もうやめて・・・助けて・・・。」

だがモンスターは無言で攻撃を続ける。薫は一瞬の隙をついて逃れ、再びロープ際に這って行った。

「こうなったら、海に飛び込んででも逃げなきゃ・・・死ぬよりましよ!」

そう思って身を乗り出したときだった。リングの下の海面に黒い大きな魚影がいくつか見えたのだ。サメだ!しかも、かつてのパニック映画でその名を「人食いザメ」として知られるようになった「ホオジロザメ」だ。おそらく海面に滴り落ちた薫の血の匂いに群がって来たのだろう。

思わず引き返そうと後ろを向いた薫の眼前にはモンスターが立ちはだかっていた。

「や・・・いや・・・来ないで・・・許して・・・」

涙を流して嘆願する薫を無表情で見下ろすモンスター。その時、強風が吹いて船とリングが大きく揺れた。流石のモンスターもバランスを崩しロープ側に傾いた。薫は必死で金網を掴んで反対側に逃げた。

「これで、あの化け物女もお終い・・・」

だが、スパイク状のシューズを履いたモンスターは落ちるどころか、傾いた金網の上を平然と歩いて来る。その光景に薫は全身に鳥肌がたった。

「こ・・・殺される!リングにいたらあの化け物女に・・・海に逃げたらあのサメに・・・」

薫は一か八か、ワイヤーを伝って客船まで逃げようと考えた。そしてロープをくぐろうとした時、またも足をモンスターにつかまれてしまった!そしてリングの中に引きずり戻され、そのまま引きずり回された!

「きゃーーーーーーー!!!!!助けてーーーーーー!!!!!!!」

全身を金網に擦り付けられ、号泣しながら助けを求める薫。

更にスパイク状のリングシューズで薫の顔面、胸、腹、股間と次々に踏みつけるモンスター。もはや薫は赤いペンキをかけられたように、全身流血で真っ赤に染まっていた。

「や・・・やめ・・て・・・。もう・・・やめて・・・なんでもするから・・・」

戦意を失い、プライドさえも失った薫は、ただ怯えながら後ずさりする。

その光景を見ながらコミッショナーは嬉々として言った。

「フ、調子に乗った連中にはいい見せしめになっただろう。」

「では、ここで終わらせるのですか?」

「そうはいかん。今回の客からは相応の観戦料をもらってるからな。それに

あの女は私の方針にたてついたのだ。その罪深さを思い知ってもらおう。」

リング上では、モンスターが薫を高々と持ち上げていた。

その瞬間モンスターは不気味に微笑んだ。初めて表情を見せたのだ。

「やめて・・・やめてーーーーーーー!!!!!!!!」

そう叫ぶ薫を、モンスターは無情にもリング下の海面に放り投げた!

一旦沈んで浮き上がった薫のまわりを、3頭のサメが泳いでいた。

「た、助けてーーーーー!!!!!!!」

その直後、薫の姿はサメ達の魚影に飲み込まれ見えなくなった。

・・・やがて海面に赤い血が浮き上がってきた・・・。

「おお、すごい試合だ!」

「ウム、高い金を出した甲斐があったな!」

「これ1回で終わらず、せひとも又やって欲しいものだな!」

観客達は大喜びだった。そして、薫を疎ましく思っていたレスラー達も

「いい気味だわ。」

「まあ、好き勝手やってきたんだから、悔いはないでしょ?」

その一方で薫を支持していたレスラー達は号泣する者、呆然とする者と試合の結果のあまりの非情さに襲われていた。が、即座に身柄を拘束されて、コミッショナーのもとへ連れて行かれた。

「今の試合を見てどうかね?君達が我団体の女子プロレスの方針に従うならばこれまでの反逆は水に流そう。もちろんプロのレスラーとしての処遇は保障する。逆に、山谷薫のスタイルを継ごうというなら、彼女と同じ目にあってもらうがね。結論は急がないから、ゆっくり考えてくれたまえ。ただそれまでは君達の身柄は拘束させてもらうよ。」

 

それから1週間後、オールジャパン女子プロレスのレスラーは、従来通りに水着を着て、お笑い要素を廃した真剣勝負のプロレスを行うように戻った。

だが、数名の新人とベテランレスラーは「引退」「退団」という形で姿を消した。

その後の彼女達の行方を知るものはいない。コミッショナーを除いて・・・。

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